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理学部ニュース

原子の振動でスピンが流れる!

川田 拓弥(物理学専攻 博士課程2年生)

河口 真志(物理学専攻 助教)

林 将光(物理学専攻 准教授)

 


電子は「電荷」と自転に相当する角運動量「スピン」を持っている。スピンを持つことで,電子は微小な磁石として振る舞う。スピン間の結合が強いと,物質は多くの電子スピンが同じ方向を向いた強磁性と呼ばれる状態になり,冷蔵庫にくっつく磁石を形成する。

電子が動くと,電荷の移動によって「電流」が発生することはよく知られている。電子はスピンを有しているため,電子が動くことで「スピン流」 なるものが生じることがここ10年の研究でわかってきた。スピン流とは,逆向きのスピンを持つ電子がそれぞれ逆方向に向かう流れであり(たとえば上向きスピンを持つ電子は右方向に,下向きのスピンを持つ電子は左方向に移動する),電流が電荷を運ぶのに対し,スピン流は角運動量を運搬する。スピン流を磁石に注入するとN極とS極を反転できることが理論,実験両面から実証されている。また,特定の物質にスピン流を流すと電流が発生することもわかってきている。

銅線に電池をつなぐと電流は流れる。一方,スピン流はどのような機構で生成されるのか,その解明が最先端スピントロニクス研究の主要テーマの一つである。これまでに明らかになっている機構は大きく分けて2つあり,それぞれ「スピンホール効果」と「スピンポンピング効果」と呼ばれている。スピンホール効果とは,物質中を流れる電流と直交する方向にスピン流が発生する現象である。スピンホール効果は物質中の電子の波としての特徴を反映して発現するため,特定の物質で大きな効果が発現する。もう一方のスピンポンピング効果では,磁石のN極の向きが時間変化することでスピン流が発生する。

今回,私たちは新たな機構として物質中の原子の高速振動がスピン流を誘起することを発見した。原子を1秒間に1億回以上という非常に速い速度で振動・回転させる表面弾性波を用いて,物質中で発生するスピン流を調べた。その結果,電子のスピンの向きと運動量の結合度を表す値である「スピン軌道相互作用」が大きい物質(たとえばタングステンや白金など)において原子の高速振動によるスピン流生成を観測した。さらに,生成されたスピン流から電流が生じることもわかり,スピン流を介した一種の振動発電を見出した。電子のスピンと回転運動が結合することは古くから知られているが,スピン軌道相互作用を介して原子の高速振動からスピン流が生成されることは 全く予測されておらず,力学的運動とスピンの間に新たな相互作用が存在することを示唆している。マイクロ・ナノ機械を制御するMEMS・ NEM技術(マイクロ・ナノスケールの電気回路と機械部品を1つの基板上に集積した非常に小さな電子デバイスであり,主にセンサーなどに応用されている技術)などの発展に伴い,ナノ構造の力学的運動の制御は年々注目度が高まっている。本研究は,電子のスピンと力学的運動の相互制御の新たな展開を拓き,スピンメカトロニクスと呼ばれる新しい研究分野の形成・発展に寄与するものである。

図:原子振動によって電子のスピンの向きが揃った「スピン流」が,「スピン軌道相互作用」が大きい物質で発生する様子を表す概念図。色付きの球とそれを貫く矢印が電子とそのスピンの向きを表す。黒球は結晶を構成する原子。原子振動により,原子の位置は平衡状態からずれている。実際には多数の電子が色付きの球と同様の動きをすることで,スピン流が生成される。  

本研究は,T. Kawada et al ., Science Advances 7, 9697(2021)に掲載された。

(2021年1月7日プレスリリース)

理学部ニュース2021年5月号掲載



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