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理学部ニュース

驚異の安定性を実現する四面体型「不斉亜鉛」錯体

宇部 仁士(化学専攻 助教)

塩谷 光彦(化学専攻 教授)

 


ある化合物がその鏡像と重なり合わない性質をキラリティといい,鏡像の関係にある一対の立体異性体はエナンチオマーの関係にある。エナンチオマー同士は,電磁波に対する応答や分子間相互作用に基づく生理活性が異なるため,その作り分けは化学における重要な課題である。キラルな金属錯体を作るには,従来はキラルな化学種を金属に結合させる方法が主であった。それに対して,すべて異なるアキラルな(キラルでない)結合化学種(配位子)が金属に結合した「不斉金属」錯体は,触媒反応において不斉中心である金属が基質を活性化できる。そのため,不斉金属触媒の設計の幅を広げるものとして近年大きな注目を集めている。 しかしながら,従来の「不斉金属」錯体は安定な八面体型が主であり,四面体型の「不斉金属」錯体は,量が多い方のエナンチオマーがもう一方のエナンチオマーに変換するラセミ化が速く,光学的に純粋な錯体の入手が困難であった。本研究は,金属上にのみ不斉中心を持ち,光学的に純粋な状態を安定に保つことができる四面体型「不斉金属」 錯体の合成法を確立し,さらに不斉触媒反応に適用することを目的として4年前に開始した。

光学的に純粋な四面体型「不斉金属」錯体の合成へのアプローチは,亜鉛–配位子間の強い結合と剛直な構造を考慮した,非対称な三座配位子の設計と合成から開始した。この設計により,亜鉛不斉中心上の立体反転によるラセミ化を防ぐことができ,残り一つの配位部位は,不斉触媒反応に利用できると考えた。

まず,この三座配位子と亜鉛イオンを反応させたのち,キラル配位子を亜鉛に結合させた結果,二つのエナンチオマーのうち一方が主生成物となる不斉誘導が起こった。さらに,キラル配位子をアキラルな配位子に置換した結果,亜鉛上にのみ不斉中心を持ち,ほぼ100%の光学純度を持つ「不斉亜鉛」錯体を単結晶として単離できた。この光学純度は,ベンゼン中70°C で24時間加熱した場合においても維持され,ラセミ化が著しく遅いことを示した。さらに,この亜鉛錯体を不斉オキサ–ディールス-アルダー反応に適用することができた(反応収率は98%,不斉収率は87%ee(鏡像体過剰率))。この結果は,亜鉛不斉中心の驚異的な配置安定性に起因する。

「不斉亜鉛」錯体のデザインコンセプトと不斉触媒反応への応用例。    

以上のように,本研究では光学的に純粋な状態を安定に保つことができる四面体型「不斉亜鉛」 錯体の合成と不斉触媒反応への応用を世界で初めて達成した。本研究は,金属のみが不斉中心であ る「不斉金属」錯体の化学を拓き,医薬品の不斉 合成や光学材料のための新たな物質群と技術を提供すると期待される。

本研究はK. Endo et al ., Nature Communications 11, 6263 (2020). に掲載された。

(2020年12月9日プレスリリース)

理学部ニュース2021年3月号掲載



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