危機時における科学者の社会的役割 
横山 広美(国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構/学際情報学府 教授) 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の中で多くの科学者が活躍をしている。いっぽうで科学と政治の関係が整理されず混乱も見える。ここでは危機時の科学者の社会的役割を整理して伝えたい。

まず,危機時の政治,科学者,社会の関係,およびそれぞれのコミュニケーションの在り方は平時とは異なる。科学技術社会論分野では,危機時から平時に向かってコミュニケーションのモードをクライシスコミュニケーション,リスクコミュニケー ション,科学コミュニケーションと3段階に分類する。危機時は政治が主導でトップダウンに情報を提供し,国民に命を守る行動変容を促す。専門の科学者の役割は、問題のリスク評価を行い,政治に助言をすることであり,政治が国民に対して政治的責任を持つ。「安全」を研究するのは科学者の仕事であり、科学者は科学的責任を負う。いっぽうで,「安心」は心の状態であり,これに導くのは科学の仕事ではない。心配や警戒が必要な時もあるし,意図を疑われるので安易に安心へ誘導してはいけない。

危機時から,リスクコミュニケーションは始まっており,同時に科学コミュニケーションが行う役割もある。リスクコミュニケーションとは,リスクを一方的に説明することではなく,まして安心に導くことでもない。それは個々が納得できるリスクとの付き合い方を見つける手助けである。危機時の科学コミュニケーションはわかりやすい説明を提供することに役割がある。いずれの場合も恐怖のアピールを避け,受け手が行動できることを提示し,自分の行動が周囲のためになると思うことが重要である。

情報の透明性はどの段階でも重要である。しかし情報の透明性を担保すること(例えば議事録を公開すること)と自ら情報を発信することは異なる。情報の発信には意図があり,それに相応する責任がつきものである。例えば通常査読を経て発表している論文を,プレプリント段階で組織が大々的に発表をするのは適していない。

危機時に有用な専門は分野が限られている。しかし他の分野から有用な助言ができる場合もある。緊急時は専門家の声を一つにする「ワンボイス」が推奨される。しかしワンボイスが完全とは限らない。SNS時代,情報は大量に発出される。その中で,有用な情報を提供するのは,学会や団体などのグループであろう。個人の発表では,中身の専門知やコミュニケーションの仕方にも癖が出る。数名以上の議論を経た情報はバランスが取れ信頼度も増す。ワンボイスの原則にこだわりすぎて,有用な情報の提供が妨げられないように,ワンボイスを補う「グループボイス」の発信を提唱した。リスクコミュニケーションは外部から攻撃もあり個人での活動を推奨しないことからグループで動くことが重要である。

危機時の科学は進行中でありその時点で限界があるものが多い。専門家は限界も含めて,積極的に説明する義務がある。いっぽうで専門家が政治判断に踏み込んで発言することは「踏み越え」と呼ばれ批判される。専門家は万能ではない。ホセ・オルテガ・イ・ガセット(JoséOrtega y Gasset)は著書「大衆の反逆」の中で,専門しか知らないから専門家は間違えると,痛烈に専門家批判をしている。専門外へのコメントも同様に注意が必要である。自分が確たることを言えるのはどこからどこまでなのかの線引きが必要だ。

専門家は自分の専門の精度を上げることこそが本来の役割である。理学部長だった小平邦彦先生は学生紛争の専門家批判の中,「専門バカでないものはただのバカである」(「僕は算数しかなかった」)と述べて共感を得た。

専門家は専門家としての役割を誠実に果たすことに責任があり,全体は社会を通じて議論をし政治によって決定するということを覚えておきたい。

理学部ニュース2020年7月号掲載

 


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