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理学部ニュース

0×∞=生命の起源!?

戸谷 友則(天文学専攻 教授)

生命の起源,すなわち,非生物的な環境からいかにして生命が発生したのか,というのは自然科学における最大究極の謎といってもよいのではないだろうか。太陽系探査や系外惑星の観測で生命の痕跡を探そうという計画は盛り上がりを見せているが,生命が非生命から発生するプロセスの理論的・実験的な研究を行っている研究者は稀である。あまりに難しすぎて世界的にも研究者の数が少なく,そのような分野に大学院生を進ませても,研究者として職をとれるかどうか,はなはだ心配である。

となると,このような研究は身分の安定した中堅あるいはシニアな研究者が趣味的に行うという流れになってしまう。俗に「偉い先生は往々にして晩年は狂った研究に走る」などと冗談半分(?)で言われる所以である。私もこの年になり,今までやってきた天文学の研究に少々飽きたところもあり,宇宙究極の謎ともいえる生命の起源について,少しずつ勉強を始めたのが数年前であった。始めて見ると,理学における物理系と生物系分野の隔絶の大きさを痛感することになった。ご多分に漏れず,私は大学受験で「物理・化学」だったので,生物の勉強など高校の理科の時間にぼーっと聞いていたのが最後だ。生命科学に対してあまりに無知なので,密かに高校の生物の教科書を読んだりもした。

最初の生命が非生物的でランダムな化学反応から生まれる確率は恐ろしく低い。ちょっと手を動かせば,観測可能な宇宙(半径138億光年,1022個の恒星を含む)の中ですら,生命の発生は期待できないという結果になる。そこで,何らかの未知の機構があり,より高い効率で生体高分子ができるのでは,という観点の研究も長年行われているが,現実的にうまく働きそうな機構はまだ見つかっていない。

       
生命発生に必要な最小のRNAの長さと,そのようなRNAが非生物的に誕生するために必要な宇宙における星の数の関係(上下二つのパネルでは,縦軸のスケールが異なる)。水平な点線は,いくつかの重要な星の数を示す(一つの星、銀河系、観測可能な宇宙)。「インフレーション×2」は,インフレーションが現在の観測可能な宇宙を作るために必要な最低限より2倍だけ長く続いた場合に,宇宙が含む星の数(10100個)。RNAが自己複製のような生物的活性を持つためには最低でも40ヌクレオチド以上の長さが必要とされる。

ここで,宇宙論に親しんだ筆者はこう考えた。宇宙初期のインフレーションで拡がった宇宙は巨大で,一声,10100個以上の星を含んでいるはずだ。そしてわれわれの知る生命の発生は地球の歴史上,一度だけである。となると,観測可能な宇宙の中では地球にしか生命が生まれていないとしても,インフレーション宇宙全体では生命が多数発生しているなら,現在われわれが知る観測事実と何ら矛盾はない。そこでRNAワールド仮説で想定されるような最初のRNAが,ポアソン過程でランダムに生まれる確率を計算してみると,確かにインフレーション宇宙全体では生命が発生してもおかしくないという結果になった。生命が誕生する確率はほとんどゼロでも,宇宙は無限に近いほど広いので,生命は発生できるという単純なオチである。生命活動を可能にさせる最小のRNAの長さと,そのような長さのRNAが自然に発生するために必要な宇宙の大きさの関係を図に示す。むろん,他にも不確実なパラメータはいくつもあるが対数的にしか効かないので,この図の縦軸と横軸の関係が本質的である。詳細は先日,東大理学部からプレスリリースしたのでそちらを参照していただきたい(2020年2月3日プレスリリース) https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6688/)。

全く異なる分野に切り込むのは勇気のいることだが,生命の起源のようなテーマにはそれが不可欠であるように思う。こういう無謀な挑戦が,真の理学の発展には重要なのだと信じたい。やはり学生にはまだ勧めづらいが(笑)。

理学部ニュース2020年7月号掲載




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