気孔をすばやく開かせて植物の成長促進に成功

矢守 航(農学生命科学研究科 准教授)

寺島 一郎(生物科学専攻 教授)

 



世界レベルで増え続ける人口を養うためには,2050年までに主要作物の生産量を現在よりも大幅に増加させる必要があると警告されている。光合成は植物の成長量や収量を決定する最も重要な代謝であるため,高い光合成能力を有する作物の開発は,食料生産を増大させる手段の一つとして注目されている。これまでにも光合成機構の解明やその改良を目指した研究は行われてきたが,その大部分は,実験室内で光強度が一定の条件下における光合成に着目したものだった。これは,栽培環境や実験環境をできる限りコントロールし,より緻密な実験系で研究を行うためである。

しかし,植物の本来の生育環境は,実験室ではなく自然環境である。農地や林床などでは,雲の切れ間から降り注ぐ光や,風に揺らぐ植物の葉の間から差し込む光の明るさは数秒~数分単位で変化する。このようなダイナミックな光の変動に対して,光合成速度は瞬時には応答できず,タイムラグが生じてしまう。光の変動に追いつくまでの時間,植物にとって光のエネルギーは無駄になるということだ。もし,光合成応答を迅速化することができれば,変動する光環境下における作物生産性の向上に大きく貢献するはずである。

   
図: モデル植物であるシロイヌナズナの気孔を迅速に開口させることで,野外の変動する光環境における光合成応答と植物成長の促進に成功した。

「変動する光環境」で植物の光合成能力を強化 するにはどうしたらいいだろうか?カギとなるのは光合成において重要な役割を持つ気孔の動きである。光合成に必要なCO2は気孔から葉内に取り込まれる。気孔の開口速度は光の変動速度にくらべて遅いので,光が強くなってから気孔が開くまでの間に葉内でCO2が不足し,光合成が大きく制限されることがわかった。また,PATROL1というタンパク質が遺伝子操作によって過剰に作られる個体(過剰発現体)では,光の変動に対して気孔が迅速に開口し,野外環境を模した変動光環境下では,光合成速度が最大で40%植物体の成長量も50%増加することが明らかとなった。PATROL1は,PROTON ATPase TRANSLOCATION CONTROL1の略で,広く動植物に保存されており,動物においては神経伝達物質の分泌に関わる機能を持ち,植物においては気孔開閉の制御に関わる因子であることが知られている。PATROL1遺伝子と非常に似た遺伝子がイネやソルガムなどの作物やポプラなどの樹木にも存在しているため,これらの植物においても同様の遺伝子操作によりPATROL1遺伝子の発現量を高めることで,生産性を向上させられると期待できる。

基礎研究は,まだ知られていない現象を見つけ,そのしくみを明らかにすることを目的としている。 どのようなイノベーションも基礎研究なしには成し遂げられない。現在,われわれは,生物が持つ潜在的な能力を解明するべく,野外の変動する光環境に対する光合成の調節メカニズムの全貌解明を目指して研究を行っている。これらの基礎研究による新たな知の蓄積は,食料増産や地球レベルの大気CO2濃度上昇の抑制など,長期的な社会課題を解決するための基盤になると考えている。

本研究成果は,H. Kimura et al ., Journal of Experimental Botany ,7,2339(2020)に掲載された。

(2020年2月27日プレスリリース)

理学部ニュース2020年5月号掲載

 

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