学生実験から科学教育への思索
八幡 和志(技術部 技術専門職員)

学部3年次の学生実験の授業に担当者やサポートとして関わっていると,つい,教育や学びの素過程を理学的に見たくなる。こういった学問分野は,科学教育あるいは,物理分野だと物理教育と呼ばれている。おそらく,大きな学会なら〇〇教育といった分野が設けられているのではなかろうか。 こういった分野では,教育学的なアプローチと融合的に,小学校から大学までの教育が研究されている。学生でも,アクティブラーニングや反転授業,相互作用型演示実験授業,といった授業スタイルのキーワードを耳にする機会が多いと思うが,これらは科学教育分野での研究対象である。研究と名前がついている通り,より良い教育手法を経験的に探索する一方で,人の学びのプロセスの研究が進められている。
人の学びについては,ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)やレフ・ヴィゴツキー(Lev S. Vygotsky)から始まった「発達心理学」が良い説明を与えてくれる。この学問は,日本の教育指導要領の根幹をなすアイデアで,広く受け入れられている。ピアジェによる人の発達段階の分け方は幾通りもあるが,4段階モデルで考えると,学生実験授業で出会う3年次の学生たちは,具体的操作期から抽象的操作期に当たるように見える。抽象的操作期へ発達を促すためには,具体的事象をモデル化,抽象化する経験が重要で,学生実験はこの役割を負っている。
この学習プロセスで重要視されているのが「シェマ」という概念である。いってみると,「構造化された知」とでもいうべきもので,単語帳で英単語を暗記したような羅列的な知識ではなく,情報に原因と結果などの意味構造を持たせた知識,つまり理解である。これを意識して学生と接すると,分かってもらいやすい。
現象としてそうだとして,脳科学的な発想で素過程を考察してみる。人間の記憶は,最初は海馬に蓄積され短期記憶となり,睡眠中に,取捨選択されて大脳皮質などに移行し長期記憶になる。取捨選択の判断基準が良く分からないところだ が,小さな単位の情報だと,もとに戻ってしまいやすく,大きな情報の塊にしたほうが良く定着するとなると,相転移現象における核生成の議論を想起させる。そもそも,神経ニューロンに情報が蓄積されるというのなら,そこには,生化学的なプロセスがあるにちがいなく,ならば,熱力学的,統計力学的な取り扱いができそうである。
こう思うと,もし,脳が何かの情報を記憶した際の熱収支を測定することができれば,それは,情報のエネルギーを定めたことになるのではなかろうか。最近では,fMRIにより,脳の活性化部位をリアルタイムで画像化できるが,外から与えた情報刺激と活性化エネルギーの対応が分かれば,情報のエントロピーが人間の脳を介して熱力学量として捉えられよう。もっとも,そもそも,情報は,現象を人間の脳が意味づけすることで発生する,と思えば,自然なアプローチかもしれない。

最後に,学生実験や夏の自由実験用に,Field Programmable Gate Array(FPGA)を使った教材の開発を行っているが,将来的には,FPGAをこのような脳の働きの研究に使えたら面白いと思う。
また,最近では,Science誌で,この1月に Science Education が Focus Area に指定されるなど,科学教育分野はこれから発展しそうで,面白そうである。
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理学部ニュース2020年5月号掲載