わたしたちの地球には現在1種類の人類しかいない。ホモ・サピエンス(Homo sapiens)である。しかし,地球上に現れた人類は,わたしたちだけではない。他の生物と同様,人類の進化の道筋は1本ではなく,天に向かって成長する樹木のように,いくつもの枝別れをし,さま ざまな形態的特徴をもつ人類が誕生した。アウストラロピティクスとか,北京原人とか,ネアンデルタール人とか,一度は聴いたことがあるだろう。 そして,あるものは途絶え,あるものは子孫を残した。最後まで生き残ったのが,わたしたちサピエンスだ。かつて,たくさんの種類の人類が地球上に存在した。しかし何故わたしたちだけが生き残ったのだろうか?

ここ20年ほどでゲノム解析技術が飛躍的に進み,医学・創薬・生物学の幅広い分野に革命的進歩をもたらした。人類の進化を探る研究にも巨大 なインパクトを与えた。ゲノムについて個々人の多様性を解析すると,その個人が属する集団の系統や進化を明らかにすることができる。そうした研究が欧米を中心に劇的な成果をもたらしている。

  吉胡貝塚資料館(愛知県)の屋外展示にある縄文人骨のレプリカ

古代ゲノム学(Paleogenomics)と呼ばれる分野もその1つだ。過去に生きていた生物の遺物には,わずかながらDNAが残存している。このわずかに残るDNAをかき集めて,ゲノム情報を取り出すのだ。シベリアの永久凍土から見つかったマンモスや,かつて南米に生息していたオオナマケモノなど絶滅生物のゲノム解析は,逆に現存する近縁種の「生き残りの極意」を浮き彫りにする。 ネアンデルタール人のゲノム解析もその1つだ。3〜4万年前まで,ヨーロッパや西アジアではサピエンスとネアンデルタール人が同時期に存在した。 彼らの骨格形態はサピエンスと大きく異なっていたし,彼らの遺跡で発見された彼らの文化も,サピエンスのそれとは区別できるものであった。現代ヨーロッパ人はネアンデルタール人の子孫なのか?それとも赤の他人なのか?どちらかといえば,ホモ・ネアンデルターレンシス,すなわち別種として記載されるのがふさわしいと考えられてきた。しかし,2010年に発表されたネアンデルタール人ゲノム配列は,アフリカ大陸の外に住んでいる現生人類のゲノムの1〜4%がネアンデルタール人由来であることを明らかにした。これは,約50万年前までに分岐したはずの2種類の人類が,約5万年前に再び出会って交配したことを示すものだった。

それから10年,欧米の研究グループが怒濤のごとく古人骨ゲノム解析の成果を発表してきた。これに対し日本ではなかなか研究が進まなかった。 日本は温暖湿潤な気候と火山に因る酸性土壌のため,土の中で骨は残ったとしても,骨の中のDNAの残りが極めて悪いことが要因の一つだ。2017年以降,ようやく縄文人のゲノム情報が報告されるようになった。私達の研究グループも愛知県の縄文遺跡から出土した人骨の全ゲノムのドラフト配列を報告する論文を2018年Science誌に発表した。 日本列島はユーラシア大陸の東端に位置する。アフリカ大陸を出発したサピエンスが,極東のこの地まで,いかにしてたどり着いたのか。その道筋と生き残りの極意を探る扉は,いま開いたばかりだ。

理学部ニュース2020年5月号掲載



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