理学部紹介冊子
探査機はやぶさ2に見る理工連携の姿
杉田 精司(地球惑星科学専攻 教授)
探査機はやぶさ2は,2019年7月11日(木)に小惑星リュウグウに2度目の着地(タッチダウン)を行い,試料取得のための弾丸発射にも成功した。試料量を測る装置が搭載されていないため断定はできないが,着地時に舞い上がった砂塵の多さから判断して,砂粒以上の大きさの多くの試料が得られたと予想している。また,2度目の着地は,技術的な自信がきわめて高くなければ実施できない。この成功は,日本の技術力を世界に示した点で,第1回目にくらべて何倍もの価値がある。また,その成功の裏には,理工学の綿密な連携がある。
惑星探査において理工連携の真髄が現れるのは,工学の作った探査機が理学のよく知る探査天体に接する着陸の瞬間である。どんなに素晴らしい探査機も,対象天体に適した運用をしなければ遭難してしまう。たとえば,旧ソ連の火星着陸機マルス3の着陸10数秒後に通信途絶したのは,火星に頻出する(ことが今は分かっている)放電を伴う砂嵐の中に着地したからだとの説が有力である。後知恵だが,もし火星気象についての理学的知見がもう少し進んでいたら,マルス3は砂嵐を避けて着陸し,ソ連は火星表面の科学観測に世界で2番目に成功した国になっていたであろう。
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はやぶさ2の着地の成否は,表面物質の粒径が鍵であった。表面に小さい粒径の物質がないと試料採取に不利であるし,メートル級の大きな岩塊があると着地時に探査機に接触して損傷を来す危険がある。リュウグウ到着前には,熱赤外カメラで熱伝導率(正確には熱慣性)の地図を作成し,低熱伝導率域(小粒径)と高熱伝導率域(大粒径)を見分けて着地点を選ぼうと考えていた。これは多くの惑星探査で使われる正攻法である。ところが,熱赤外カメラの得たデータは,リュウグウの岩塊は熱伝導率が異常に小さくて,砂地との見分けがつかないことを示していた(その後,米国のオシリスレックスが探査している小惑星ベンヌでも同様の問題が報告された)。これは理学的には興味深い発見だが,着地に安全な場所の確保という工学的観点では難題であった。この難題を解決したのは,初代「はやぶさ」や月周回衛星「かぐや」の画像解析で培った表面観察に関する理学的ノウハウであった。ステレオ視,影長,長短軸比などさまざまな手法を使って可視カメラ画像を分析し,岩塊の高さを徹底的に調べた。その結果を用いて工学チームが低高度での高解像度観測運用を行い,人工衝突で掘削した地下物質が分布する領域内に着地適合域を確保するに至った。
この結果,われわれは人工衝突で掘削したリュウグウ地下の物質を手にすることができた。地下から掘削したばかりの物質は宇宙線や太陽加熱の影響をほとんど受けていないので,物質科学的にたいへん貴重な試料である。はやぶさ2がこの貴重な試料を携えて地球帰還する年末が待ち遠しい。
惑星の探査や分析の研究は,地球惑星科学専攻の橘省吾教授,関加奈子教授,諸田智克准教授,笠原慧准教授,飯塚毅准教授,杉田精司(筆者)らが幅広く行っている。
理学部ニュース2020年3月号掲載