理学部紹介冊子
光合成を駆動しない光が光合成を助ける
河野 優(生物科学専攻 特任助教) |
寺島 一郎(生物科学専攻 教授) |
陸上植物は波長400–700nmの青色から赤色の領域の光,つまり可視光(光合成駆動光)を吸収して光合成を行う。光合成は,可視光によって,2つの光化学系(II と I)が励起されることで進行する。いっぽう,人の目には見えないとされる遠赤色光(700–800nm)のうち短波長の光は,光化学系 II は駆動できないが,光化学系 I を駆動することができる(図A)。遠赤色光単独ではほとんど光合成を駆動できないため,光合成における遠赤色光の役割は長年無視されてきた。

図:(A)光合成駆動光と遠赤色光が光合成反応に与える影響を示した模式図。光合成駆動光は光化学系 II と光化学系 I を両方励起することによって光合成を駆動する。いっぽう,遠赤色光は光化学系 I のみを励起する。強光下,強すぎる光エネルギーの一部は,熱に変換されて安全に散逸される。いっぽう,弱光下では,吸収した光エネルギーのほとんどが光合成に利用される。
(B)晴れた日の野外の光強度の日変化。
(CとD)変動光中の光合成応答を遠赤色光の補光あり(黒色)と補光なし(橙色)で比較した。変動光中に遠赤色光が存在すると,強光から弱光に切り替わったときの光合成速度が高い(C)。これは,強光中に活性化していた熱散逸能が,遠赤色光によって速やかに解消されたためである(D)。

太陽光は遠赤色光を豊富に含む。さらに,自然界の光環境は,雲による遮蔽や上部に存在する植生によって,頻繁かつダイナミックにその強度と質(波長特性)が変化する変動光環境である(図B)
変動光に対して,植物はどんな応答をするのか。 日陰の状態,つまり弱光下におかれた葉が,突然強い光に曝されることがある。植物にとって光合成量を稼ぐ絶好の機会であるとともに,強すぎる光によって実は自身が傷つく可能性もある。そうならないように,植物は吸収した光エネルギーのうち,光合成に利用できない分は積極的に熱に変換して捨てている(熱散逸という:図A)。いっぽうで,強光(日向)から再び弱光(日陰)に曝されたときは,速やかに熱散逸の多い状態を解消しないと,光合成に利用できる光を熱として逃がしてしまうことになる。すなわち,強光に対する熱散逸の誘導と弱光下の解消が両方とも速やかであることが,植物の光合成生産性を上昇させる。
われわれは,変動光中に遠赤色光が存在することで,効果的な熱散逸によって光化学系が保護されることを先行研究で示していた。さらに今回は,光合成駆動光が強光から弱光に切り替わったときに,遠赤色光が存在することで熱散逸の解消が遠赤色光の非存在時よりも促進されることが分かった(図C)。熱散逸の解消が速くなった結果,変動光弱光中の光合成速度は遠赤色光存在下で有意に高くなった(図D)。単独では光合成を駆動しない遠赤色光は,光合成の調節に深く関わっており,光エネルギーや電子の渋滞緩和のための交通整理の役割を果たしているのである。
本研究成果は,植物の光合成応答の真の姿を理 解するためには,遠赤色光を考慮することが必須であることを意味している。現在,遠赤色光による光合成促進機構の徹底解明を進めている。本研究成果と光合成促進機構の解明は,将来の食糧不足問題解決に向けた光合成能強化作物の創出へ貢献することが期待される。
本研究成果は, M. Kono et al .,Plant & Cell Physiology,pcz191(2020)に掲載された。
理学部ニュース2020年1月号掲載