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理学部ニュース

将棋・AI・研究

池本 晃喜(化学専攻 講師)

 

「負けました。」

2013年3月30日(土),第2回将棋電王戦にて佐藤慎一四段(現五段)が将棋AIソフトに投了を告げた。頭脳の戦いの象徴とも言える将棋において,現役のプロ棋士が初めてAIに敗れた瞬間であった。それから6年以上が経ち,最早人間がAIソフトに勝つことは不可能といえるまでにAIソフトは進化した。このような時代,プロ棋士の存在価値というのは全く無くなってしまったのであろうか。

興味深いことに,現在の将棋界では全く逆のことが起こっている。AIソフトによってもたらされた新しい将棋の観戦の仕方によって,人間同士の対局の魅力というのが増してきているのだ。将棋というゲームは,一度劣勢になると相手が間違えない限り逆転できないゲームである。いかに最善手を指し続けて均衡を保つのか,また劣勢になった際には,いかに盤面を混沌化させるような手を指すのかが問われる。「AIソフトが推奨する次の一手を果たして指せるのだろうか」,「AIソフトは劣勢という評価を下しているが,この棋士はどのように劣勢を覆すのだろうか」,このような観戦が可能となり,棋士の凄さ,人間らしさというものがより際立ってくるようになったのだ。AIソフトがもたらしたのは,それだけではない。戦術的な面でも新しい価値観をもたらしている。AIソフトによって有効性が見出された戦型が流行するのみならず,大昔に試された戦法が再評価され積極的に採用されるなどの温故知新も見られている。将棋というゲーム自体の奥深さが再認識され,その広大な局面の可能性の中で,棋士が読みくらべ,駆け引きを行なっている営みの凄さ・面白さを如実に感じられるような時代となっている。

  将棋を指す著者。盤面では,将棋AIソフトによって有効性が提示された戦型による戦いが繰り広げられている。

研究の世界においても,近年AIが台頭してきている。私が専攻する化学の分野をとってみても,最近AIを活用した論文が散見されるようになってきた。「機械学習を用いて条件設定を最適化した」,「機械学習の結果,新しい反応が予測され実際に見つかった」という想定可能な範囲の活用にいまだとどまっているものの,将来AIによって,研究の価値自体が評価され,新しい価値観が生まれることもあるかもしれない。否定的な先生方もいるかもしれないが,将棋 AIソフトが将棋の局面の形勢を評価できるようになったように,先行研究との違い・新奇性・それによって拡がる可能性を上手く数値化する評価関数さえ構築できれば,研究の価値をある程度数値化することは可能ではあるはずだ。 しかしながら,そのような時代が例え来たとしても,実際に研究を行い発見に至ることこそが重要という考えは損なわれることはないであろうし,発見の駆動力となるのは,研究者の強い信念であり続けることは間違いない。

秒読みの中,悩み考え抜き着手する。将棋を観戦していると,その指し手の善悪よりも,その棋士の姿勢・生き様に心を打たれる。研究においても,「この研究はあの人にしかできない」,そのような研究者の生き様がますます重要になっている時代なのではないか。

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理学部ニュース2020年1月号掲載

 

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