ゲノムデータから読み解く日本人の集団史

大橋 順(生物科学専攻 准教授)

渡部 裕介(生物科学専攻 博士課程3年生)

 



日本列島には3万年以上前からヒトが居住しており,約1万6千年前に縄文時代が始まったと考えられている。縄文人は,狩猟採集民でありながらもひじょうに高い人口密度を達成した世界的にも注目される集団である。しかし,気候変動の影響を受けやすい狩猟採集生活において,彼らは常に安定した生活を送ることができたのであろうか。

組換えを受けないゲノム領域のDNA配列から, 過去の生物集団のサイズ変化を推定する方法が考案されている。そこで,われわれは,父親から息子に伝わるY染色体の配列データを用いて,縄文時代の男性人口の変化を推定することを試みた。まず,日本人男性345名のY染色体の全塩基配列決定を行い,他の東アジア人集団には観察されない (すなわち渡来系弥生人に由来しない),縄文人由来の122本のY染色体グループを同定した。次に,それらの塩基配列の違いをもとにY染色体の系図を復元し(図上),つぎのような確率計算を行った。

N人の男性からなり,1世代で全個体が入れ替わる集団を考える。この集団から2人の男性のY 染色体を無作為に抽出したとする。各男性にとって1世代前の任意の男性が親である確率を1/Nとすると,抽出した2人の共通の父親が前世代に存在する確率 (これを合祖確率とよぶ)はp2=1/Nである。世代を遡って考えた場合,k世代前に初めて合祖する確率ckは,

なる漸化式で表される。右辺の()内はk-1世代までにまだ合祖していない確率を示している。これを解くとck=p2(1-p2k-1であり,kckk=1から∞まで足し合わせると,2本のY染色体が合祖するまでの期待世代数T2=1/p2=Nが得られる。同様の計算から,m本のY染色体中の任意の2本が合祖して独立なm-1本となるのに要する期待世代数はTm=1/pm=2N /{mm-1)} であり,その間の男性の数Nmは一定と仮定すると,Nm={mm-1)Tm}/2である。したがって,枝の長さが時間に比例した遺伝子の系図からm-1個のTmを求めることで,m-1個のNmを推定することができる。この手法に基づき計算したところ,縄文時代晩期から弥生時代初期(およそ3,000~2,000年前)にかけて,縄文人男性の人口が急減した後,急増したことが明らかとなった(図下)。男性の数のみが変化したとは考えにくいため,女性も同様の変化を示したと思われる。今回の結果は,発見された遺跡数やその規模などをもとに,縄文人の人口が縄文時代後期・晩期にかけて急減し,弥生時代に入って急増したことを示した先行研究の結果とよく一致していた。縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり,気温が下がったことで食料供給量が減ったことが急激な人口減少の要因だったのかもしれない。 いっぽう,弥生時代に入って人口が増加したのは,渡来系弥生人がもたらした水田稲作技術によって安定した食料供給が可能になったからであろう。

   
図:122人の日本人Y 染色体の遺伝子系図(上)と推定した集団サイズの変化(下)。青色の曲線が推定値であり,灰色の曲線は95%信用区間である。

 

本研究成果は,Y. Watanabe and J. Ohashi et al .,Scientific Reports ,9,8556(2019)に掲載された。

(2019年6月17日プレスリリース)



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