化学は自然現象を原子や分子の視点でとらえ理解するとともに,新たな物質を創造する学問である。まだ誰も手を触れたことがない物質を独自に創造し,世の中に役立たせることが化学の最大の魅力でもある。たとえば,分子量が数千にも及ぶ天然ポリエーテル化合物が人工的に合成できるようになり,その手法の一部は医薬品開発につながっている。しかし生命はさらに巨大なタンパク質(分子量1万以上)を創り出し,人工では到底まねのできない高次な機能を獲得している。どのようにタンパク質のそのような機能を,進化の過程で原子から創造したかは今も謎である。

さまざまな機能性タンパク質の中でも,われわれは光を吸収したり発光する光受容タンパク質に着目し,生命科学研究の分析技術に応用展開することを目的としている。一例としてホタルの発光の源を取り上げよう。ホタルは,ルシフェラーゼという酵素とその基質(ルシフェリン)との化学反応エネルギーを光に変換することで発光している。望みの発光特性をもったルシフェラーゼ様の酵素をゼロから人工的に創り出せるようになるのは遠い未来であろう。しかし,自然が進化の過程で創造したルシフェラーゼを原点として,新たな機能を付与すべく,人工的に進化させることは可能である。もっとも簡単な応用のひとつは,発光波長を変化させることである。ルシフェラーゼの遺伝子にランダムに変異を導入することで,発光波長が異なるルシフェラーゼを創ることができる。 また,ルシフェラーゼの両末端に,タンパク質組み継ぎ反応(プロテインスプライシング)を起こすインテインとよばれるタンパク質を連結すると,ルシフェラーゼのアミノ末端とカルボキシ末端が連結した環状のルシフェラーゼを創ることができる。このルシフェラーゼは構造の自由度を失うために発光しないが,プロテアーゼのような特殊な酵素で切断されると,ルシフェラーゼはその活性を回復し発光する。またルシフェラーゼを特定の位置で二分割するとその活性が失われるが,近接すると再構成することで活性が回復する。このルシフェラーゼの分割と再構成反応は,タンパク質間の相互作用や翻訳後修飾の検出に応用されている。ホタルの発光は明滅するが,植物由来の光感受性タンパク質をホタルの特定の位置に挿入することで,人工的に明滅現象をつくり出すことも可能である。この改変ルシフェラーゼは,生体内のpHを測定するセンサーとして応用が始まっている。このように,ルシフェラーゼを人工的に進化させることで,生体内で起こるさまざまな現象を発光シグナルとして検出する技術が近年盛んに開発されている1

図. ルシフェリンとルシフェラーゼのさまざまな進化工学。  

進化させるターゲットはタンパク質に限らない。 基質を人工改変することで,ルシフェラーゼの発光色をコントロールする試みも行われている。しかし基質を改変すると,ルシフェラーゼとの相性が悪くなり活性は大きく損なわれる。そこで,改変基質に適合するようにルシフェラーゼを進化させて,発光能を改善する進化工学が進められている。

このような,光感受性タンパク質の進化工学は,ルシフェラーゼはもとよりさまざまな蛍光タンパク質や植物由来の光受容タンパク質でも盛んに行われている。とくに後者は光遺伝学という分野で大きな注目を集めており,今後さらにその重要性を増すであろう2。タンパク質と結合分子との双方の進化工学により,常識を超越した機能を有するタンパク質が創造できるかもしれない。その実現には,分子進化をさらに加速する新たな技術革新が必要であり,近未来の重要な課題である。

参考文献
1. 永井健治,小澤岳昌編「発光イメージング実験ガイド-機能イメージングから細胞・組織・個体まで蛍光で観えないものを観る!-」(実験医学別冊)羊土社(2019)ISBN 978-4-7581-2240-5
2. M. Endo and T. Ozawa, " Strategies for development of optogenetic systems and their applications." J.Photochem. Photobiol. C,30,10-23(2017).


理学部ニュース2019年9月号掲載




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