「ディープタイム」の始まり
 -イギリス海岸における岩石観察

Simon WALLIS(地球惑星科学専攻 教授)

 
シッカーポイントで見られるハットンの不整合を観察する著者。下方には急傾斜する約435×106年前(シルル紀)に堆積した灰色の砂泥互層が,上方には緩やかに傾斜する約375×106年前(デボン紀)に堆積した赤い砂岩層が分布している。デボン紀の砂岩にはシルル紀のブロックを含む基底礫岩が見られる。  

地質学は岩石・化石・鉱物などの天然物質から地球の過去・現在・未来を解き明かす学問です。その中で,野外調査は欠かせない作業です。野外調査の本質は研究に一番適した試料を探し出すことだけではなく,その試料を取り巻く環境を理解する作業も必要不可欠です。1788年の夏,「地質学の父」とよばれているジェームス・ハットン(James Hutton)氏と彼の友人ジョン・プレイフェア(John Playfair) という数学者がスコットランドの東海岸で,彼らの胸を躍らせるような発見しました。その発見は科学革命を引き起こし,「地質学」という新しい学問の礎を築くことになります。

ハットンとプレイフェアが調査する背景にはハットンの斬新なアイディアがありました。ハットンは川底や海岸で見られる砂や砂利は浸食された岩石の小さい破片であるということに着目しました。また,多くの岩石も同様な砂と砂利の粒子からなっていることに気づきました。さらに,一部の岩石にはさざ波など水の流れを示す組織があり,これらの岩石が河川など水が流れる場所で形成されたという証拠を見逃しませんでした。これらの観察は地球上の巨視的な物質循環を示します。山のある陸地で見られる砂岩などの岩石が水中の堆積物として誕生し,その後陸地になって,それらがまた浸食され,砂利,砂,泥として海と河川に戻るとハットンは想像しました。しかし,この説は不完全で,満足できるものではありませんでした。

ハットンとプレイフェアが発見したのが「不整合」というもので,それは岩石の形成と浸食の間の空白域を垣間見ることができるところでした。彼らの目の前に現れたのは,急に傾いて,場所によっては大きく曲がったりしている灰色の砂泥岩層の上に別の真っ赤の層が分布している露岩でした(図)。よく見ると灰色の砂岩がブロックとして赤い地層の中に点在していることが分かります。

ハットンはこれらの関係を説明するために,次の一連のプロセスが必要であると考えました。
・ 砂と泥が水中ほぼ水平に層として堆積し,その後,圧縮され硬い岩石へ変化すること
・ 大規模な地殻変動による地層の傾斜構造の形成
・ 新しい陸地を構成する傾いた地層の浸食とその後の新しい赤い地層の堆積

また,灰色の古い地層も砂の粒子などの砕屑物からなり,それらを供給したさらに古い陸地の存在も示唆しています。 山から海へ,また海から山へ,その変貌を成し遂げるためには,想像を絶する長い時間が必要であるとハットンはひらめきました。しかも,そのサイクルは一回だけではなく,不整合1箇所だけでも陸地が少なくとも3回現れた証拠があります。この循環と地球の成立ちを表現するハットンの有名な言葉があります。「No vestige of a beginning, no prospect of an end」(地球には始まりの痕跡も,終わりの兆しも見当たらない), これ こそが地質学的な「ディープタイム」の考えの始まりでした。

イギリスには「ハットンの不整合」とよばれるところは3箇所ありますが,一番有名なのはイングランドとスコットランドの境界付近の東海岸にあるシッカーポイントにあり,数年前学生と一緒に訪ねる機会がありました。不整合までの道は放牧された牛のいる畑を横切り,露岩へたどりつくために,急傾斜のけもの道を歩かないといけません。 看板はありますが,お土産の販売店はなく,入場料もあり ません。多分,230年間あまり変わっていないと思います。

ハットン氏は科学者であっただけではなく,農家や運河の建築にも携わっていました。もし彼が現在の不整合周辺を見ることができたなら,岩のみならず,その上方に広がる農地や不整合を見下ろしながら草を咀嚼する牛についても語れるでしょう。

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理学部ニュース2019年9月号掲載

 



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