大気中の鉄の起源を知り,気候への影響を探る

高橋 嘉夫(地球惑星科学専攻 教授)

栗栖 美菜子(地球惑星科学専攻 博士課程3年生)

 

 



鉄は,46億年前に生まれた地球において,酸素に次いでもっとも多い元素である。そして,その後の46億年間,地球の進化のさまざまな場面で鉄は主役の元素であり,核(鉄ニッケル合金)やマントル(マグネシウムと鉄のケイ酸塩)の形成と地殻の進化でも重要な位置を占めてきた。また,生命進化の過程で,鉄は光合成を行う際などに用いられる生体に必須な元素となったが,25億年前に酸素が地球大気の主成分となって以降,地球表層の鉄は水に溶けにくい+3価が主体となり,生物は環境から鉄を取り込むために苦労するようになった。そのため,海洋には溶解した鉄の不足によって植物プランクトンの増殖が制限されている海域が多くあり,HNLC(High-Nutrient Low-Chlorophyll)海域(=硝酸イオンなどの栄養塩は豊富だがクロロフィル(植物プランクトン)の濃度が低い海域)とよばれている。そして,もしこの海域に鉄が多く供給されれば,光合成がより活発化し、二酸化炭素の大気中濃度が減少し,気候が寒冷化すると考えられている。つまり海水の(溶存)鉄濃度は,気候を変える因子の1つなのである。

鉄は沈殿し易いので,外洋のHNLC海域まで 運ぶには,水経由より大気経由の方が効果的であり,大気中の微粒子(エアロゾル)がその運び役を担っている。エアロゾルはさまざまな物質で構成され,鉄が多いのは黄砂のような自然由来のエアロゾル(鉱物ダスト)であるが,工場などから人為的に排出されるエアロゾル(PM2.5など)中の鉄は水に溶け易く,海水中溶存鉄濃度の増加に寄与していると考えられる。では,エアロゾルに含まれる鉄が,自然起源か人為起源かはどうやって見分けられるのだろうか?



  図:粒径別の鉄安定同位体比と,大気中の鉄の海洋表層への移行。

このような背景において,われわれは鉄安定同位体比に着目した。金属元素は,気化を経て大気中に供給される場合,軽い同位体が選択的に気化し,その同位体比が軽くなる傾向をもち,亜鉛などでそのような現象は報告されていたが,鉄については十分に研究されていなかった。そこでわれわれは,粒径別に試料採取することで自然起源と人為起源のエアロゾルを効果的に分け,きわめて精密な分析を駆使することで,人為的な燃焼過程で気化を経て大気中に供給される鉄は,鉄安定同位体比(δ56/54Fe)が自然起源の鉄より4‰も軽く,大きな同位体分別を示すことを明らかにした。この発見により,海洋に運ばれるエアロゾルに含まれる溶解 性鉄の57-83%は人間が排出した鉄に由来することが分かった。こうした人為的作用によるエアロゾル中鉄濃度の増加は,プランクトンの増殖を経て,気候変動に影響を与える可能性があるが,その程度は未解明である。栗栖さんはその解明のために,まず海水中の溶存鉄に人為起源成分がどの程度含まれているかを鉄安定同位体比を駆使して解明している最中である。今後の成果に期待しよう。

人類が地球に与える影響は様々であり,その影響を考えることは,環境科学の発展に貢献するだけでなく,かくも面白い研究対象であると感じる。理学が解明する新しい知見は,時に予想を大きく超えて、新しい研究分野を切り拓く。そして,こうした新しい扉を開けるのは,新しいことに挑戦しようという若者のエネルギーに他ならない。

本研究成果は,M. Kurisu et al., ACS Earth Space Chem. 3, 588 (2019)に掲載された。

(2019年2月22日/ 2019年4月15日UTokyo FOCUS)

理学部ニュース2019年7月号掲載




学部生に伝える研究最前線>

 

 

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