理学部紹介冊子
パズドラの数理と物理
桂 法称(物理学専攻 准教授)
スマートフォンには多彩なアプリがあるが,なかでもゲームアプリは,ニュースなどで取り上げられ,社会現象を引き起こすものもある。そんなスマホゲームのひとつと筆者の(地味な)研究との間に,意外な接点があることに気づいたお話を紹介したい。
そのゲームとは,2012年にガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社からリリースされた「パズル&ドラゴンズ」(通称パズドラ)である。パズドラでは,プレイヤーは次のルールにしたがって,図の6×5マスのパズル画面を操作し,ドロップとよばれる6種類のパズルブロックを消去する。(1)動かしたいドロップにタッチする。(2)そのドロップを縦・横・斜めに1マス動かす。そのさい,移動先のドロップは,タッチしていたドロップと交換される。(3)(2)をくりかえして,同じ色のドロップを3つ以上縦・横に並べると消去できる。
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(左)パズドラの盤面の例。 (右)タッチした青いドロップを動かすことにより,隣り合う黄色と緑のドロップを交換できる。 © GungHo Online Entertainment, Inc All Rights Reserved. |
このような制約の中で,どのように操作すれば,より多くのドロップを消去できるか?という疑問が沸くだろう。実は,(ドロップの移動に制限時間がなければ)タッチしたドロップだけを動かして,いま盤面にあるドロップを使ったどんな配置も実現することができる。したがって,多くのドロップが消去できる望みの盤面に変形することが可能である。
これを示すには,まず,任意の隣り合うドロップを交換できれば,これをくりかえして,与えられた盤面をどんな 配置にも変形できることに気づくのが重要である。隣り合うドロップの交換は,これら2つを含む三角形にタッチしたドロップをもってきて,図のように一周回し,タッチしたドロップを元の位置に戻すことで実現できる。
ここまでの話は一見研究とは関係なさそうだが,実は全く同じアイデアを用いたことがあるので紹介しよう。固体中の電子の振る舞いを単純化した模型に,Hubbard模型とよばれるものがある。1966年に長岡洋介は,この模型において,電子の数が格子点の数よりひとつ少なく,電子間相互作用が無限大の極限では,電子のスピンが揃った強磁性状態が基底状態(エネルギーが一番低い状態)となることを幾つかの場合に示した。これは人工的だが,この模型の 範囲内で強磁性を厳密に示した最初の例であり,現在までいろいろと一般化されている [1]。
電子のスピンは上向き・下向きの2自由度しかなかったが,より大きな内部自由度をもつHubbard模型も,最近では冷却原子系の文脈で調べられている。そこで,各粒子がn色の自由度をもつHubbard模型で,長岡強磁性と同じ,粒子の数が格子点の数よりひとつ少なく,相互作用が無限大の極限を考えてみよう。このときも,粒子の色が揃った状態が,基底状態であることを示せる。この証明に,実はパズドラで用いたのと同じアイデアを用いることができる。
筆者はパズドラを知る以前の2010年頃このアイデアに至ったが,研究成果の論文自体は執筆が後手後手に回り, 出版は2013年にまで遅れてしまった [2]。その後パズドラを知ったときは,「あの時,このゲームを提案していれば!」 と悔しく思ったが,思いのほか面白くはまってしまったことを告白しておこう。
[1] | E.Bobrow, K.Stubis, and Y. Li, “Exact results on itinerant ferromagnetism and the 15-puzzle problem”, Phys.Rev.B. 98,180101 (R)(2018) |
[2] | H.Katsura and A.Tanaka, “Nagaoka states in the SU(n)Hubbardmodel”,Phys.Rev.A.87, 013617 (2013) |
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理学部ニュース2019年7月号掲載