シロアリのカースト:兵隊でのみ伸長する大顎

三浦 徹(臨海実験所 教授)

 


アリやハチ,シロアリは社会性昆虫とよばれ,コロニーの中にさまざまなタイプの個体(女王や働きアリなど)が存在する。これらはカーストとよばれており,発生過程で特殊化した形態をもつようになる。遺伝的にはきわめて近縁な個体が発生過程で姿形を変化させる「カースト分化」も,環境により表現型が変化する「表現型可塑性」のひとつである。私は長年,南西諸島に分布するオオシロアリ Hodotermopsis sjostedti を対象として,同じ遺伝情報をもっているにもかかわらず,なぜ異なる形態に分化することができるかという問題について取り組んできた。オオシロアリは7齢幼虫まではすべての個体が同じ発生経路を辿るが,7齢幼虫から有翅虫(繁殖虫になる羽シロアリ)や兵隊へと分化していく。たとえば兵隊分化では,大顎のみが極端に伸長し,防衛に特化した形態となる(図,左)。

これまでの研究により,昆虫のホルモンのひとつである幼若ホルモンの体内濃度の変動が個体間相互作用などの環境の影響を受けることで,カースト運命が決定されることが知られる。しかし,カースト分化は体の一部のみで形態変化が起こるものであり,全身を巡る液体であるホルモンだけでは説明がつかない。そこには未知のトリックがあるはずである。われわれは,体の位置情報を決める遺伝子(ツールキット遺伝子,パターニング遺伝子などとよぶ)が介在していると予測した。

 
図:オオシロアリの兵隊(左)とダックスフンド遺伝子の大顎における局在(右,ピンク)。

そこで,われわれはオオシロアリの兵隊分化の過程で,幼若ホルモン濃度に応じて大顎部分で発現するような遺伝子を18の候補から探査した。 その結果,ダックスフンド(dachshund)遺伝子のみが大顎でのみ発現が上昇することが明らかとなった。実際に,兵隊分化直前の個体では,大顎の伸長する部位(先端部と鋸歯の間)だけに局在してダックスフンド遺伝子が発現していた。さらに,RNA干渉法によりこの遺伝子の機能を阻害すると,大顎伸長が抑えられることも分かった。

さらにこれまでの研究で,兵隊分化には幼若ホルモンだけでなく,インスリン経路が絡むことも知られている。また,体の部位を決めるHox遺伝子のひとつが大顎の部位を特定することも昆虫全般で知られる。そこで,これらの因子とダックスフンド遺伝子の因果関係を調べるため,それぞれの因子を阻害した場合に他の遺伝子の発現がどのように変動したか定量する実験を行った。その結果,2つのホルモン経路は互いに制御し合い, Hox遺伝子がそれらの影響を受け発現し,そしてさらにダックスフンド遺伝子がその影響下で制御されていることが明らかとなった。

この研究により,同様の遺伝情報をもつシロアリコロニーの個体において,ホルモン制御の結果としていかにして部位特異的な発生の改変が起こり,カーストに適した形態へ分化するのか,その一端が明らかになった。これは,シロアリのカーストに留まらず,生物の発生過程がいかにして環境要因に応じ,表現型を改変していくのか,また その進化の過程に関しても大いなる洞察を与えることとなった。

本研究成果は,Y. Sugime et al ., Development146,dev171942(2019)に掲載された。

(2019年3月4日プレスリリース)

理学部ニュース2019年5月号掲載

 

学部生に伝える研究最前線>

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加