情報科学科

 「計算の科学」と「知の科学」

五十嵐 健夫(情報理工学系研究科 教授/情報科学科兼担)


はじめに

世の中はAIブーム真っ盛りである。クイズ番組や囲碁で人間にコンピュータが勝ち,画像認識や音声認識,翻訳などの従来困難とされていたタスクにおいてもコンピュータが人間に匹敵するパフォーマンスを示すようになってきている。近い将来には自動運転車も普及すると期待されており,AIによって人間の仕事がなくなってしまうのではないかという議論も起こってきている。

情報科学とは,このような情報システムの背後にある根本原理と実現手法に関する学問である。とくに重要な点は,高度に知的な情報システムを構成しようとする工学的な側面と,情報や知の本質について探求する理学的な側面の両方を有しているところであり,そこが工学部における情報関連学科との違いであるといえる。本稿では,このような幅広い情報科学科における研究活動の中からいくつかをピックアップして紹介していきたい。


基礎理論

情報科学科は,自然科学の一分野として,自然の根本原理を「操作」という形で抽象化し, モデル化しようとするものであるといえる。解析的に仕組みを解き明かそうとするだけでなく,実際に動くモノをつくり上げることによって原理を解明しようとする合成的方法論を取ろうとするところが, 他の自然科学と大きく異なる点であるといえよう。 ここでは,そのような情報にかかわる基礎理論分野の研究の例として,離散数学の一分野であるマトロイドに関する研究について紹介する。

自然科学の各分野で現れる計算は,一見全く異なるようで,本質的に共通の構造を有する場合が多い。 物理学,化学,経済学などさまざまな分野の計算問題の背後に遍在する離散モデルの代表例に,マトロイドとよばれる束構造がある。コンピュータで計算 をする際,データが大きくなるにつれ,計算時間が指数的爆発を起こしてしまうことが頻繁にある。 いっぽう,マトロイド構造をもつ問題に対しては, データ全体を見ずとも局所的な探索を繰り返すことで最適解が得られたり,巨大データ上の計算を小さなサイズの等価な問題群へと変換することで高速化 が可能になるなど,マトロイドの良い性質を活かし たアルゴリズム開発が可能となる。今井研究室では,マトロイド構造を利用した高速なアルゴリズムの開発や,どのような問題がマトロイドとして表現可能 についての理論研究を推進している。




計算機システム

現代の計算機システムは,さまざまな技術が階層的に組み合わさって動いている複雑なシステムである。情報科学科では,このような計算機システムの動作を支える基本技術について幅広い研究と教育を行っている。具体的には, 計算機の物理的実体であるハードウェア,そのハードウェアの上で動く基盤ソフトウェア,プログラミング言語やプログラムの検証技術,効率のよい数値計算のためのアルゴリズム,などについての研究が行われている。ここでは,そのような計算機システムにかかわる研究の例として,自動運転のような自律系の実時間処理のための基盤ソフトウェアに関する研究について紹介する。

自動運転のような自律系では,周囲環境の認識,認識結果に基づく判断,そしてその判断を実行に反映した操作をリアルタイムに処理しなければならない。その処理の性質も,処理効率を重視するものから即応性を重視するものまで様々である。また,システム全体は多数のプロセスおよびそのグループから構成され, 互いに依存関係を有している。理論の面では有向グラフの実行時間解析やスケジューリングアルゴリズム, 実践の面では並列分散データ処理や高性能計算などの 研究テーマがある。今後,クルマやロボットのようなモビリティはコネクテッド化(インターネットへの接続)が急激に進み,クラウドコンピューティングやセ キュリティも重要な研究テーマになると考えられる。加藤研究室ではまさにこのような理論と実践に跨がる 基盤ソフトウェアの研究を進めている。




応用技術

情報システムは,その上で動作する応用システムを通じてわれわれの社会に貢献している。情報科学科では,そのような応用システムについてもさまざまな研究が行われている。具体的には,情報技術を活用して生命現象の背後にある原理に迫ろうとする生命情報科学,人間が扱う言語についての自然言語処理,コンピュータの使いやすさや新しい使い方を追求するヒューマンコンピュータインタラクション(HCI),さらに冒頭で述べたような機械学習や人工知能技術などがあげられる。ここでは,応用技術に関する研究の例として,高速な物理シミュレーショ ンを活用した形状デザイン手法について紹介する。

物理シミュレーションによる解析は,すでに自動車や航空機の設計などに広く活用されている。しかし,通常の使い方は,すでに設計の終わった形状についてその強度や効率を確認するといった使い方が主である。五十嵐研究室では,このような初期デザインを行うシステムにリアルタイム物理シミュレー ションを組み込むことによって,「どのような形状にしたら物理的にどのような挙動を示すか」を目で見て確認しながら形状デザインを行う手法を開発して いる。実際に,どのような音が鳴るかを耳で確認しながら鉄琴をデザインする手法,着せ付けたときのシルエットを確認しながら衣服をデザインする手法,飛ばしたときの軌跡を確認しながら紙飛行機をデザインする手法などを開発してきている。




おわりに

情報技術は今やわれわれの生活に無くてはならないインフラストラクチャーであると同時に,つい昨日まで不可能と思われたことが可能となるなど急速に発展し続けている先端技術でもある。また,その根本原理を追求する情報科学も急速に広がりと深さを増してきている。まだまだ若い分野であり,一人の技術者の開発した技術や手法が広く世界中で使われたり,一人の科学者の発見した原理によって世の中のモノの見方が一変したり,といったことが珍しくない。情報科学科では,このような意識のもと,常に新しい世界を切り開いていこうという気概をもって研究・教育活動に取り組んでいる。

理学部ニュース2019年3月号掲載

 

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