アルコールのカットオフパラドックスの解明

松本 惇志(生物科学専攻 博士課程1年生)

上園 幸史(生物科学専攻 助教)

 



麻酔薬にはキセノン原子から複雑な化合物まで実にさまざまな構造をもつものがある。しかし, なぜ多様な化合物が同じ麻酔作用を示すのか,いまだに解明されていない。唯一の手がかりが,「多様な麻酔薬の作用はその脂溶性に比例して増強する」というMeyer-Overton相関である。これは1900年前後に薬理学者のマイヤー(H. H. Meyer) と植物学者のオヴァートン(C. E. Overton)が独立に発見し,この相関からオヴァートンは,脂溶性に富むバリアとしての細胞膜の概念を初めて示した。また,麻酔薬以外の化合物の生物/毒性/ 抗菌作用でもこの相関が確認され,薬剤設計における構造活性相関の基礎にもなった。

しかし,この相関の最大の欠点は,80年以上も前に報告された長鎖アルコールのカットオフ現象であった。アルコールは鎖長に応じて脂溶性が増加すると(メタノール:C1,エタノール:C2…),その麻酔作用も増強しMeyer-Overton相関に見事に従う。このまま相関に従えば長鎖アルコールは強力な麻酔作用を示すはずだが,実際はC14辺りから全く作用を示さずパラドックスとなるのである。この奇妙な現象はアルコールの抗菌/毒性 作用や他の化合物でも確認されたため,多くの科学者が生物側のタンパク質や脂質膜に着目し説明しようとしたが解明には至らなかった。

   
図:アルコールの溶解度が生物の最小作用濃度に達しないとカットオフとなる。

われわれは視点を変えアルコール側の物性に着目した。アルコールは鎖長に応じて融点が上昇するが飽和溶解度は減少する。そのため長鎖では低溶解度となり,生物作用濃度に達しないのではないかと考えた。ちょうどカットオフとなるC14辺りから常温で固体となるので,高温で融解することにより見かけ上の溶解度を増加させてみることにした。しかし,通常の生物は高温に耐えられない。そこで好熱菌を用いて50度以上の高温で調べたところ, C14~16の強力な抗菌作用の検出に成功し,相関に従うこともわかった。常温の生物では,いくら調べても作用を検出できなかったわけである。これを受け,超音波分散により溶解度を増加させたり,変異株を用いて生物のアルコール感受性を上げたところ,高温にせずともカットオフを回避できることがわかった。つまりカットオフは,長鎖アルコールの低溶解度が生物側の作用濃度に達しないために起こる現象である。

麻酔機構の議論の歴史は長い。70年代までは多様な麻酔薬はMeyer-Overton相関に従い,脂質膜に溶け込み作用するという脂質説が主流であったが,カットオフ現象を説明できず支持を失っていった。80年代に長鎖アルコールだけが入れないタンパク質ポケットを仮定して,カットオフを説明したタンパク質説が登場し,麻酔機構以外でも広く支持され現在に至る。しかし,長鎖でも相関に従うというわれわれの結論から,ポケット仮説で無理に説明する必要はないのである。再び脂質説に立ち戻って考え直すべきであろう。

本研究はA.Matsumoto et al. ,Molecular Pharmacology 94,1312(2018)に掲載された。

(2018年10月29日プレスリリース)

理学部ニュース2019年3月号掲載

 

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