ヒト遺伝子の不思議な機能

程 久美子(生物科学専攻 准教授)

 

生物は地球上で約40億年の歴史をもつが,もともとはひじょうに単純なバクテリアなどの単細胞生物であったとされている。地球上には多様な生物がいて,多様な生態系を構成している。 また,ひとつの生物種の中でも多様な遺伝子が存在し,ひとつの遺伝子でも多様な機能をもつ場合がある。生物は,このような多様な違いをうまく利用することで,変化し続ける環境に効率よく適応し,大きな自然災害を乗り越えて,それぞれの優位性を確立していくことで,絶滅せずに現在まで生き延びてきたといえる。そして,長い歴史の中で,環境の違いに応じて, バクテリアのような下等生物からヒトのような高等生物まできわめて多様な生物が地球上に出現してきたことになる。

このように,「多様性」は生物になくてはならない概念であるが, 多様性を考えるとき,それに相反する「共通性」に注目すること で,多様な違いに気づくことができる。生物にとっての共通性とは,バクテリアなどの単純な生物からヒトまで共通に存在するものであり,そのもっとも基本的な物質のひとつは遺伝子の本体と言われるDNAである。DNAは気候変動や環境破壊や異物の感染 などの影響を受けることで,突然変異や相互置換などのさまざまな過程を経て,多様性を獲得して進化してきたといえる。



  図:マイクロRNAによるヒト遺伝子発現プロファイルをマイクロアレイによって解析した図。(A) ウイルス感染によって機能が抑制されるmiR-106aは標的となる遺伝子群を一括してシステマティックに抑制する。(B)コントロールmiRNAは遺伝子発現に影響を与えない。(上)ヒト遺伝子の発現量(シグナル強度)とマイクロRNA処理による発現量の変動(シグナル比)の関係。(下) 遺伝子発現量の累積度数分布。(Nucleic Acids Research 46, 9134, 2018 より改変)

ヒトのゲノムDNAの約半分は感染したウイルス由来と考えられている。インフルエンザやエイズなどのRNAウイルスが感染 すると,ヒトの細胞では感染したウイルスから自己を守る生体防御機構が働き,異物を排除しようとする。いっぽうで,ウイルス は細胞へ感染せずには増殖することはできないため,いったん細胞へ感染すると自身が増殖するのに適した環境をつくり,宿主を利用して自身を複製する。このようなウイルスと宿主細胞とのせめぎ合いの過程で,ヒトは多様なウイルスRNAをうまく選別し,DNAに変換させてゲノムに蓄積させてきたと考えられる。

多様なDNAからは多様なRNAが転写され,RNAからはタンパ ク質が翻訳される。遺伝子の機能はタンパク質になって初めて発 揮されると考えられてきたが,高等生物においては,約半数のRNAはタンパク質へ翻訳されずに,RNAのまま機能することが 明らかになってきた。すなわち,RNAはヒト遺伝子の不思議な機 能を説明するために重要な分子なのかもしれない。

われわれは現在, RNAに着目した研究を行なっているが,とくにマイクロRNAという小さなRNAに着目している。マイクロRNAはヒトでは2,000種以上発見されているが,バクテリアには存在しない。マイクロRNAがタンパク質と異なる点は,遺伝子発現の変動を微細に制御するが,対象となる多数の遺伝子群を一括して一気にシステマティックに制御するという点といえるだろう。 われわれは最近,マイクロRNAがシステマティックな遺伝子発現のネットワークを制御して,ウイルス感染から自身を守る新しい生体防御機構がヒトにおいて働いていることを見出した。これは 高等脊椎動物のみがもつ機構であり,下等生物には存在しない。 ヒトは高等生物の中でも突出した不思議な能力をもっている。私たち「人」は,泣いたり,笑ったり,物思いにふけったり,そして会話をすることでコミュニケーションすることもできる。その 機構はまだまだ不明なことばかりであるが,その一端はRNAの作用機序の解明から明らかになるかもしれないと期待する。

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理学部ニュース2019年3月号掲載

 

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