化学専攻

未来を拓く化学,未来に羽ばたく化学者

塩谷 光彦(化学専攻長/化学専攻 教授)


はじめに

メンデレーエフが考案した「元素周期表」は,物質の理解,ひいては世界を読み解く鍵となった。 わが国の化学が発祥したのは,それと同じ頃であった。周期表の誕生は,新しい化合物や反応の発見や設計を可能にし,化学の発展を著しく加速させた。 それから約150年経った現在,周期表は著しく進化し,化学のフロンティアは急速な広がりを見せている。このような中で化学教室は,分野にとらわれず,自然のしくみを分子レベルで解明する探究心や,新しい物質を創り出す力を養うことを重視し,国際的な場で活躍できる人材の育成に力を入れている。


化学教室の歴史と組織

日本で最初の化学の研究所は,徳川幕府が1861年(文久2年)に神田小川町に創設した「蕃書調所精錬方」である。この研究所は改組と名称変更を経て,1877年には東京帝国大学理学部化学科となり,この創立の年に早くも卒業生3名を出した。以来,化学教室はわが国の化学発祥の地とし,学界,産業界,教育界 を先導する人材と,世界に突出した研究成果を生み出し続けてきた。2011年には化学教室発祥150周年記念式典が開催され,化学の学問や社会への貢献が再認識され,化学の将来をともに考える良い機会となった。



  図1. 化学東館

1916年(大正5年)に完成した化学東館は,本郷キャンパスの最古の建物である。震災や戦災に耐え, いまなお当時の面影を残している。1983年3月には,化学西館は全館が研究室になっている。両者に挟まれた化学本館(1962年完成)には,講堂・講義室・実験室・学生控室・図書室などが完備されている。

現在の化学科は,物理化学,有機化学,無機・分析化学の三つの基幹講座をもつ。化学科は,さまざまな専門分野の教員を擁し,理学部の広範な自然科学の研究・教育の一翼を担っている。また,大学院の教育・研究は,さらに他の研究科,研究所,施設の研究室との連携により強力に支えられ,学生には多くの進路が用意されている。


  図2. 化学専攻の組織図

科学の未来を拓く基礎化学:理論・実験・計測

現代の化学は,有用な新物質の創成を目指す合成化学,物質変換からエネルギーや地球規模の環境問題にまで取り組む触媒化学,分子の構造やダイナミクスを最先端の技術と解析方法で解明する物理化学や分析化学はもちろんのこと,異分野と融合して,宇宙の遙か彼方に存在する分子を電波望遠鏡で観測する宇宙化学から,最新のレーザー光計測により生きた細胞を調べる生命化学まで広く拡大しつつある。化学がCentral Scienceとよばれる所以である。

化学教室では,自然界のさまざまな現象を,分子の概念に基づいて,理論,実験,計測を駆使して理解し,多様な「知」を結集して新しい化学物質を創成することを目指している。以下に,現在の化学専攻で行われている研究の分野についてまとめる。

物理化学:

単分子の構造・ダイナミクスや,さまざまな原子・分子が集まることによって生まれる物性について,その発現のメカニズムを分子レベルで解明するのが物理化学である。化学専攻では,理論・実験・計測をもとにした幅広い研究により,未知の物性の発見に挑戦している。

材料化学:

化学技術に基づく材料開発は,次世代社会基盤を支えるイノベーションや新しいテクノロジーの創出につながる。原子・分子レベルから新化合物を設計・合成し,その電気物性,磁気物性,光学特性,触媒作用などを明らかにしている。原子・分子レベルで制御して組み上げた物質は,新たな「相」や「表面・界面」を形成することを見いだしている。

無機化学:

無機化学は,周期表の約8 割を占める金属元素を研究対象とする。固体化学,錯体化学,有機金属化学,表面化学,生物無機化学,触媒化学,超分子化学,ポリマー化学,放射化学などが含まれる。化学専攻では,金属錯体を基にした自己組織化構造体の構築や,優れた電気・磁気特性をもつ酸化物・シアン化物・ハロゲン化物材料の創出,金属クラスターを用いた触媒反応の開発や反応機構解明などを通して,新たな機能性分子・固体・材料を創製している。

分析化学:

最先端の分析化学は,地球・惑星,細胞・生物から,天然物や化合物まで,あらゆるものを研究対象とする。化学専攻では,目的物の高速分離や時空間分子動態解析などの手法開発と応用を通じて、分析試料の特性を明らかにし,自然のしくみの理解や新たなテクノロジーの構築に挑戦している。

有機化学:

有機化学は,医薬品,材料,エネルギーなどのさまざまな科学と結びつき,人類社会の福祉に大きな影響を与えている。化学専攻では,有機化学を基盤とした,有機合成化学,有機金属化学,触媒化学,物理有機化学,分析有機化学,生物有機化学,医薬品開発,材料科学,有機太陽電池開発において,最先端かつ独創的な世界レベルの研究を展開している。

生命化学:

生物のシステムを理解する基礎研究から,医療を通して社会に還元する応用研究まで,従来の「化学」 や「生物」の分野概念にとらわれない新しいアプロー チが行われている。

   
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基礎講義/最先端講義と 学生支援プログラム

化学専攻は,世界最先端の化学研究拠点として,また社会と深く関わりをもつ教育研究機関として発展し続けている。学生に対しては,最先端研究を自ら拓き,その成果を国際的に発信する能力を身に付けさせる,という基本方針が貫かれている。

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1. 修士課程から博士課程まで一貫した系統的講義

2002年より修士課程の講義を基礎講義とアラカルト講義に分離した。基礎講義である物理化学基礎,有機化学基礎,無機分析化学基礎の3教科の受講をすべての学生に強く推奨し,さらに学生が興味に応じて,より高度な専門知識と概念を学ぶことができるアラカルト講義を設けている。このカリキュラムにより,化学に関する幅広い基礎知識と特定分野に関する深い専門知識を習得できる。

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2. 理学系研究科の他専攻および他研究科と連携した幅広い講義

理学系研究科の共通講義として,先端科学技術特論(産業界から非常勤講師が,先端科学技術の実践の場と理学との関わりを講義する),および理学クラスター講義(既存の学問分野を超えた学際的なフロンティア創造のきっかけを提供する)を開講している。また,半導体,触媒,バイオテクノロジー,高分子科学などに関する共通講義を設け,異分野に触れ,化学技術の応用分野を俯瞰する機会を提供している。

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3. 国際的な大学院教育プログラム

2011 年より複数研究科で共同実施している博士課程教育リーディングプログラム,2015年より国際卓越大学院パイロット事業として理学系研究科が運営 しているGlobal Science Graduate Course(GSGC)や,2018年より新たに開始した2件の国際卓越大学院プログラムでは,最優秀層の大学院学生に対して,幅広い基礎的な学力と深い専門性を涵養する特別カリキュラムを提供している。すでに,フォトンサイエ ンス・リーディング大学院(ALPS)および統合物質 科学リーダー養成プログラム(MERIT)のコース生 (2011~ 2018年度91名)は,産業界を含むさまざま なセクターの次世代リーダーを目指して研鑽を積んでいる。また,在籍中のGSGC コース生12名,および2018年秋に新たに開始したフォトンサイエンス国際卓越大学院プログラム(XPS)の第一期生として採択された修士課程学生9名も,博士課程に継続する研究活動を開始している。コース生は全員,異分野の副指導教員と定期的に面談し,直接指導を受けることができる。



第一線で活躍する研究者との交流促進

化学教室は,学生や若手研究者が流研究者と交流 する場を積極的に設けている。

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1. 化学教室「雑誌会」

図3. 安田講堂で開催された2016年ノーベル化学賞講演会。講演者は,ジャンピエール ソバージュ(Jean- Pierre Sauvage)教授(上)とフレイザーストッダート(J. Frazer Stoddart) 教授(下)。それぞれ,2017年3月,2018年3月に講演。2019年3月には,同様に2016年に受賞したバーナード フェリンガ(Bernard L. Feringa)教授の講演を予定している。

1890年(明治23年),教職員と学生によって,主として外国雑誌に掲載された化学分野の論文の輪講や,その内容を紹介する会合として「雑誌会」がスタートした。われわれは,この「雑誌会」の良き伝統を 堅持するとともに,化学教室の在学生・卒業生,教職員,名誉教授および在職経験者が連携し,国際的に活躍できる若手人材の育成事業を継続的に推進するために,「東京大学大学院理学系研究科・理学部化 学教室雑誌会」を2007年3月15日に設立した。今日では,ノーベル賞受賞者から新進気鋭の若手研究者,企業の第一線研究者まで,国内外の一流研究者が絶えず化学専攻を訪問し,すでに1765回の雑誌会が開催されている。学生は,雑誌会レクチャーシップなどで来学する国内外の著名研究者とも,懇談会を通 じて,直接議論する機会をもつことができる。

さらに,毎年12月に雑誌会主催で,学生とポスドクを対象にした「先端企業R&D説明会」が開催され,最先端企業の研究者と学生が懇談する機会が設けられている。

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2. 英語による学生主催のシンポジウム

化学教室では,学生主催のZESTY(=Zasshi-kai Exchange Seminar for Top Young Scientists for International Network in Chemistry)が年1 回開催されている。異なる複数の研究室に属する外国人と日本人が英語で議論し,研究交流が行われている。

上記の施策により,化学専攻の学生は国内外の一流研究者による関連領域の最新の研究動向を容易に知ることができ,共同研究や人的交流の場が与えられている。また,異なる研究背景をもつ学生と交流できるため,化学研究を広く俯瞰し,異分野の研究者とのコミュニケーション能力を養うことができる。




講義の英語化のインパクト

化学専攻の大学院学生は,在学中も社会に出ても,海外の研究者と交流し,連携あるいは競合しながらグローバルに活動する機会はますます増えるであろう。実際,化学教室では,教授,助教,ポスドクまたは留学生の立場の外国人の数が年々増加しており,英語を使う機会が多い(留学生は3年間で約2倍の67名に増えた)。GSGCの開始に伴い,2014年度より雇用されているGSC専任の外国人教員のほかに,GSGC専任教授の制度が開始され,理学系研究科が年に8名程度招聘する著名な外国人教員が,セミナーや講義,学生指導を行っている。さらに,2018年7月からはカナダ出身のRobert Campbell 教授が生体分子化学研究室を主宰している。これらの取組みは,学生が外国人教員と接触できる機会をさらに増やしている。

化学専攻は,グローバルに活躍できる人材育成を 見据えて,10数年前から講義の英語化の準備を進めてきた。2002年からは,博士課程1年生のために「Academic English for Chemistry」を,2008年には 修士課程1年生のために「Basic Academic English for Chemistry」を開講し,ネイティブスピーカーの講師 を招いて大学院生の英語能力の向上に努めてきた。

現在,本郷での学部および大学院講義は,ほぼすべて英語で行われている。これは,将来グローバルに活躍してほしい,という教員一同から学生への強い願いの表れである。幸い,化学には化学式という世界共通語があるので,重要なことは伝わりやすい。 これも周期表のおかげである。

おわりに

元素の周期表は,化学をはじめとする幅広い自然科学の発展に大きな役割を果たしてきた。2019年は,国際周期表年(IYPT2019=International Year of the Periodic Table of Elements)である。メンデレーエフによる元素の周期律発見150周年を迎え,1月末のパ リでの開会式を皮切りに,周期表の発見と自然科学の発展を称えるための各種イベントが行われる運びとなった。化学者が元素の周期表の美しさと魅力を 世界に伝える絶好の機会ともいえる。化学教室もこの機会に,最先端の研究成果を示すことにより,未来を拓く化学の面白さと重要性を世界に強力に発信し,未来に羽ばたく化学者の後押しをしたい。

理学部ニュース2019年1月号掲載

 

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