物理学専攻

 わかることの面白さ,わからないことの素晴らしさ

山本 智(物理学専攻長/物理学専攻 教授)


はじめに

物理学は,自然と向かいあって,物質の成り立ちや性質をはじめ自然界のさまざまな現象を探求する実験科学である。数学との関わり合いも深く, 理論と実験が支えあって発展してきた。とくに19世紀以来の近代物理学は,物質の究極の成り立ちと宇宙の始まりに迫るだけでなく,物質の微視的理解, 根源的理解を通して,あらゆる学術研究を基礎から支えるとともに,現代の物質文明とエレクトロニクス・情報社会を牽引してきた。この役割は現在でも変わらない。ひとつのことが明らかになれば,それ 以上の謎が生まれるのが科学である。わずか1世紀余の間の科学の進歩を振り返る時,これから100年先にはどのような発展が待っているのだろうか。物理学の分野でも,私たちの物質観,宇宙観,世界観を大きく変える大きな発見がきっとあるに違いない。 そして,それを成し遂げるのは君たちかも知れない。


物理学の3つの魅力

物理学がカバーする分野は図1に示すように広い。とても限られた紙面の中でひとつ一つを
語ることはできないほど広い。そこで,ここでは物理学の魅力を3つにまとめて紹介する。個々の分野の詳細は,物理学専攻のホームページ (http://www.phys.s.u-tokyo.ac.jp/)や研究室のホームページを参照されたい。



  図1. 物理学の分野の概観。物理学専攻では分野ごとにサブコース(A0–A8) に分かれている。

魅力その1:極限の挑戦

物理学の特徴は,対象が何であれ徹底的・究極的に調べることにある。そのために,究極まで磨き上げた技術,手段を用いて研究が行われている。そのいくつかの例を挙げてみる。

私たちが目にする物質の根源をとことん追求していくと,原子核の世界から素粒子の世界に入っていく。そこには,物質の多様性とは対照的に,物質を構成する素粒子のシンプルで美しい世界がある。現代物理学は,最高エネルギーの加速器実験,陽子崩壊などの超希少事象の探索などを通して物質の起源に実験的に迫っている(図2)。最近では質量の起源を担うヒッグス粒子が検出され,広く注目を集めた。理論研究においても,超対称性などを用いた標準模型を超える理論の構築,量子重力を含めた統一を目指す超弦理論やM理論などが,数理物理的研究とともに進んでいる。素粒子の研究は,インフレーション理論,ダークマター,ダークエネルギーの起源などを通して宇宙の始まりと強く結びつき,時空・物質の極限的探求のフロンティアとなっている。

   
図2. スイスのジュネーブにある加速器LHCに設置されたATLAS検出器。ヒッグス粒子を発見した。大きさは直 径22m,長さは44mに達する。物理学における極限の測定の一例である。

(浅井祥仁教授提供)

 

最近話題となったもうひとつのトピックは,重力波の検出である。一般相対論から予想され,アインシュタインが残した最後の宿題と言われた重力波だが,レーザー技術の粋を集めた検出器によって,ブラックホール天体の合体,中性子星の合体で生じた重力波が検出された。地球と太陽の距離に対してわずか水素原子1個分の大きさの変位を検出するというまさに極限測定が,30年以上の粘り強い技術開発研究によって可能となり,ついに検出に至った。

量子情報の分野でも新しい世界が開かれている。ナノテクノロジ―などの技術的進歩により,古典系での情報処理・情報通信技術を超え,量子系の性質を利用した極限技術が実現できるようになっている。これをどのような方法で情報処理・情報通信に利用するか,どのような優位性を発現させるかについて活発に研究が行われている。情報社会と言われる現代にあって,情報もまた物理学の極限探求の対象となっている。

 

魅力その2:多様性の理解

物理学のもうひとつの魅力は,多様性の探求にある。多様性といっても,単にいろいろ集め て眺めるだけではない。その多様性を支配するより根源的な法則を導き出すことによって自然 に対する理解を深めることが目的である。なかでも熱力学や統計力学は,対象やスケールの違いを超えて多様な系を理解する上で大きな役割を果たし,その上に物性物理学,非平衡物理,生物物理,量子情報などの豊かな世界が花開いている。

物性物理学は,物質の持つさまざまな集団的性質を,ミクロレベル(原子レベル)で明らか にしている。たとえば,超伝導は結晶中の電子と原子核の相互作用が織りなす協力現象で,そ れとともに,トポロジカル量子相,相関電子系,量子磁性などの多彩で興味深い現象を,構成粒子間の相互作用と基本的物理法則をもとに実験的・理論的に解明している(図3)。このような協力現象は,エネルギースケールは大きく異なるが,原子核の構造においても見られる。陽子や中性子が過剰なエキゾチックな原子核をつくると,知られていた常識を覆す興味深い性質が発現する。量子多体系のひとつのフロンティアとして注目されている。

   
図3. 物質の性質を調べるために最先端のレーザー技術が使われる。テラヘルツ分光装置(下図)で銅酸化物高温超伝導体の光物性を調べている。

(島野亮教授提供)

 

宇宙もまた多様性に富んだ物理学の対象である(図4)。銀河も星も惑星系も惑星も,ひとつとして同じものはない。近年,太陽系外の惑星系の研究が急速に進みつつあり,われわれの太陽系とは全く異なる姿が次々と明らかになってきている。その多様性を支配する要因の探求は,われわれの太陽系がどのようにして生まれ,そして,その惑星の(少なくとも)ひとつに生命を生むに至ったかに直結する問題として,観測,理論の双方から取り組まれている。

物理学は生物をも研究対象にしている。生物物理学は,生物を細胞,そしてさらには分子レベルに要素還元し,それらが「相互作用」するシステムとしてとらえる。このようにして,生物の多様性を背景となる生命現象の本質に,物理学の方法論を適用して迫りつつある。



 

図4.宇宙もまた重要な物理学の対象である。すばる望遠鏡でとらえた銀河団の光学イメージ(HSC Collaboration提供)と,それをもとに求められたダークマターの立体分布図。

(宇宙理論研究室 大栗真宗助教提供)

魅力その3:大きな広がり

上記の2つの魅力に加えて,物理学にはさらなる魅力がある。それは,広い適用性である。上記に挙げた分野以外にも,物理学がカバーする領域は広い。フォトンサイエンス,プラズマ物理,アクティブマターなど魅力ある領域がたくさんある。それだけでなく,物理学はあらゆる自然科学の学問を支える基本原理を構築・提供している。基本的だからこそ,自然現象である限り,どんなことにでも適用ができるポテンシャルがある。事実,物理学は,天文学,地球惑星科学はもとより,化学,生物科学,情報科学,工学などへ展開しており,そこで境界領域を形成してさらに発展している。

このことは,物理学専攻の卒業生がいろいろな進路を歩んでいることにも表れている。国内外の大学や研究所などのアカデミアに進む人もあれば,企業に就職する人も少なくない。現代社会にあって,経験したことのない課題に向かい合い,それを分析して問題設定し,そして解決に向かって取り組む姿勢は,まさに研究のスタイルと同じである。とくに,物理学は現象を観ることにとどまらず根本原理に戻って考える力を涵養する。そのため,物理学専攻の卒業生には,修士,博士問わず,企業からも熱い期待が寄せられている。


専攻構成

本学には,物理学を扱う専攻は他にも工学系研究科の物理工学専攻,総合文化研究科広域科学専攻,新領域創成科学研究科複雑理工学専攻などがあるが,理学系研究科物理学専攻はもっとも広い分野をカバーする最大の専攻である。物理学専攻には,理学系研究科の教員に加えて,物性研究所,宇宙線研究所,新領域創成科学研究科,カブリ数物連携宇宙研究機構,宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙科学研究所,高エネルギー加速器研究機構などの教員も加わり,総勢で131名の教員が,上記の分野を含む物理学のほとんどすべての分野において最先 端の研究を行っている(図5)。物理学の大学院としては,世界最大規模を誇る。その研究・教育成果は物理学科も含めて高く評価されており,これまでに, 江崎玲於奈博士(トンネルダイオードの発明:1973年),小柴昌俊特別栄誉教授(超新星からのニュートリノの検出:2002年),南部陽一郎博士(自発的対称性の破れ: 2008年),梶田隆章特別栄誉教授(ニュートリノ振動の発見:2015年)の4名のノーベル物理学賞受賞者を輩出している。このような環境のもとで,500名に達する大学院生(修士・博士)が熱心に研究に取り組んでいる。 修士課程卒業者の約6割が博士課程に進学しているのも大きな特徴で,問題設定・解決能力をもった人材として,毎年60~70人程度が博士の学位を取得 してアカデミアをはじめ,社会のあらゆるところで活躍している。

物理学専攻はとても大きい専攻なので,運営上,図1に示すように関連する分野を大括りしたA0からA8までの9のサブコースに分かれている。専攻の大学院入学試験においては,第一希望,第二希望のサブコースを指定して受験する(筆記試験問題は共通)。



図5. 物理学専攻の組織図。理学系研究科の物理学教室を中心に,多く の研究所の教員が参加し,物理学のほぼすべ ての分野をカバーする研究教育を行っている。  


自由闊達な雰囲気でのびのびと

新しい現象や法則を見つけ,物理学にブレークスルーを生み出すチャンスは誰にでもある。自然の前では教授でも大学院生でも平等。若い人が大いに活躍できる。指導教員は学生の主体性を尊重して指導するとともに,博士の学位の審査には加わらない。このような自由闊達な雰囲気が物理学にはある。 最近では外国人の留学生も増えてきた。日本以外の国籍をもつ教員はまだわずか(131名中3名)だが, 国際化は着実に進んでいる。ほとんどすべての研究室で国際共同研究が行われ,その中で活躍する学生も少なくない。


女子学生にももっと来てほしい

物理学専攻の教員,学生に占める女性の割合は残念ながらとても少ない。大学院生の場合,女子学生の割合は5.6%(480名中27名)である。女性教員は徐々に増えているとはいえ,諸外国と比較してみてもその割合はかなり低い。その背景のひとつには,「物理は男性の分野」というような,誤った社会的風潮がまだ残っていることがあるようにも思われる。でも,物理を学び,自然を相手に研究するのに男性も女性もない。オープンキャンパスや講演会で物理関係の企画への参加割合は,女性が半数近くになることもある。優秀な学生の割合は男性でも女性でも変わらない。だから,物理に興味があれば,ぜひ女子学生にもっと来てほしい。もしその比率が30%を超えれば,物理学専攻は大きく変わり,もっともっと強く豊かになるだろう。国際化とともに,女性が活躍する専攻にすることは,私たちの直面する目標である。


わかることの面白さ, わからないことの素晴らしさ

物理学が取り組む対象には何も制限はない。そこ に物理がある限り何にでも取り組む。だからこそ,物理学は基礎応用にかかわらずあらゆる学問の基礎となっている。もし,物理法則が知られていなければ,現象を整理するだけでなく,それを支配する根源的要因を抽出したり,統計的解析から集団としての普遍的性質をとらえ,法則を見出して行く。 今までの法則が不十分であれば,あるいは極端な場合誤っていれば,それを根本に戻って書き換えることもいとわない。この強さとフレキシビリティーが物理学の特徴である。

物理学は,古くからこのようなスタイルで自然の仕組みをひとつ一つ明らかにしてきた。それは膨大な「知」の蓄積として,現代社会を支えるばかりか, われわれの自然観,世界観,そして人生観にも多大な影響を与え,文化としても大きな価値を創造してきたといえよう。

それでは,私たちはどれだけ自然の仕組みを理解 しているのだろうか。たくさんの教科書にはたくさんのことが書いてある。とても読み切れないほどだ。 しかし,それは自然の理解のほんのごく一部にすぎない。それらのわずかな知識をもとに,私たちは「豊かな」暮らしを享受している。しかし,それはただ傲慢にすぎない。何かが起こった時に耳にする「想定外」という言葉が,私たちの自然に対する無知をよく表している。

わかったつもり,でもわかっていない。それほど自然は奥深いものである。物理学は長い歴史をもつが,決してやりつくされているということはないし, 終わりもない。だから「どんでん返し」も時々起こる。 たとえば,光の本質についての理解は,ニュートンの粒子説に始まり,ヤング,フレネルの波動説に移り,ファラデー,マックスウェルの電磁気学ですべて解明 されたかと思った直後,量子力学の創設の中で粒子と波の両方の性質をもつと理解された。これから先,どんな発展が待っているだろう。これほどまでに大きな話でなくとも,新しい発見が従前の概念を塗り替えることはよくある。そこに物理学研究の面白さがあると言ってもよいかもしれない。

君たちが未知なる物理現象に取り組み,誰も考えていなかった自然の仕組みの一端を解明したとき,その美しさに感動することだろう。しかし,いったん理解してしまうと,それはただちに「既知」の事実となる。そして,すぐに新しい問題が生まれてくる。たとえば,重力波の検出は,宇宙物理分野だけでなく,高密度天体での物理を通して原子核分野にまで新しい問題を提起している。決して,科学は謎に終止符を打つものではない。新しい謎を生み出すものである。確かにわかることは面白い。しかし,わからないことはもっと素晴らしい。そこには無限の可能性があるからだ。わからないことへの終わりなき挑戦が物理学の,そして科学の本質である。君たちもこの挑戦に飛び込んでみないか?

ヤング(Thomas Young),フレネル(Augustin Jean Fresnel),ファラデー(Michael Faraday),
マックスウェル(James Clerk Maxwell)

理学部ニュース2018年11月号掲載

 

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