内耳で音を増幅する生体モーター プレスチン

桑原 誠(生物科学専攻 修士課程2年生)

島 知弘(生物科学専攻 助教)

 



生体内ではさまざまな局面でダイナミックな「動き」が観察できる。筋収縮・細胞内での小胞の輸送・細胞分裂などに代表される多くの生体運動が,ATP(アデノシン三リン酸)などの化学エネルギーを利用したタンパク質の動きによって駆動されている。いっぽうで,外有毛細胞の伸縮運動は,プレスチンという膜タンパク質が膜電位(細胞内外の電位差)の変化を感受して駆動していることが知られている。すなわち,プレスチンは一般的な生体分子モーターとは異なり,化学エネルギーではなく電気エネルギーを利用して運動しているのである。化学物質との結合・化学反応を介さないため,プレスチンの運動はひじょうに高速で,1秒間に約1万回の膜電位の変化にも応答し,細胞を伸縮させることができる。この応答速度は,ATPやカルシウムイオンに依存する他の生体運動とくらべて桁違いに速い。また,電気→運動のエネルギー変換効率も,既存の人工の素子にくらべて1千~1万倍高い。

これらの特徴をもつ外有毛細胞の伸縮運動は生物学的にも工学的にも魅力的な研究対象だが,運動の仕組みはいまだ謎である。そこで私たちはプレスチン分子の膜電位の変化に対する挙動を詳細に分析することで,運動の分子機構を理解することを目指している。

   
図:プレスチンとペンドリンの電位応答特性。グラフ中の各色は異なる細胞での測定結果を示す。細胞膜中のタンパク質が電位に応答する場合,膜電位の変化に応じて膜電気容量が変化する。両タンパク質のループ構造の電荷を変化 させることで応答する膜電位領域を操作できたことの一例として,ループ構造を交換した結果を示す。


私たちは今回,プレスチンがSLC26という陰イオン輸送体ファミリーに属することに注目した。SLC26ファミリーに属するタンパク質は,アミノ酸配列の相同性が高いにもかかわらず,これまでプレスチン以外のタンパク質には膜電位の変化に応答する性質は知られていなかった。しかし,SLC26ファミリーの中でも研究の進んでいる陰イオン輸送体「ペンドリン」を比較対象として,各タンパク質が埋め込まれた細胞膜の膜電位を変化させた時の電荷移動を解析したところ,実はプレスチンだけでなくペンドリンにも膜電位に応答する性質が備わっていることを発見した。さらに,プレスチンとペンドリン分子内の特徴的なループ構造の電荷を変化させることで,各タンパク質が応答できる膜電位の範囲を操作できることも実証した。

プレスチンは,他の膜電位を感受するタンパ ク質と構造が大きく異なり,運動の仕組みを他のタンパク質から類推することは不可能だった。 SLC26ファミリー内でプレスチンと同様の膜電位感受機構が共有されていることを示唆する今回の結果は,複数タンパク質間での比較解析を可能とし,電気エネルギーの感受から運動に至る仕組みの解明への突破口になるものと期待している。

本研究は, M. Kuwabara et al., J. Biol. Chem., 293, 9970 (2018) に掲載された。

(2018年6月20日プレスリリース)

理学部ニュース2018年11月号掲載

 

 

学部生に伝える研究最前線>

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加