天文学専攻

田村 元秀(天文学専攻長/天文学専攻 教授)


伝統と革新が共存する天文学専攻:宇宙の未踏の知に挑む


はじめに

約30年前に4年半のアメリカ暮らしを経験した。当時はスター・トレック(Star Trek)のオリジナルシリーズがくりかえしテレビで放映されており,そこで毎回流れるナレーションが「 Space: the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise.Its five-year mission: to explore strange new worlds. To seek out new life and new civilizations. To boldly go where no man has gone before! 」である。このナレーションを聞くたび,とりわけ観測や実験や解析で疲れた時には,何だか宇宙の魅力を改めてリマインドされた気になった。もちろん,これは宇宙を舞台とするサイエンスフィクションであり,そもそも科学のフロンティアも宇宙だけではない。しかし,宇宙が謎だらけであり,その途方もない深さの未知に挑むよろこびや楽しみが人類をとらえて離さないのは,昔から現在もそうであり,おそらく未来でも変わらない気がする。ガリレオが初めて望遠鏡で宇宙を観測し「天界の報告」をしたように,天文学者は宇宙の魅力に取り憑かれ,その発見を世間に知らせたい人々である。本天文学専攻もその謎解きにアプローチしている面々から成る。

※訳:宇宙,それは人類に残された最後の開拓地である。そこには人類の想像を絶する新しい文明,新しい生命が待ち受けているに違いない。これは人類初の試みとして5年間の調査旅行に飛び立った宇宙船U.S.S. エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。(「スター・トレック:宇宙大作戦」紹介ページより)


天文学教室

江戸時代の天文方(1684年設置)にも遡ると言われている東京大学の天文学教室(東京大学理学部星学科設立は1878年)は,現在,東大正門から見て安田講堂の背後に位置する理学部1号館の11階と10階にある。教員数が11名と理学系研究科の中でも小さい教室のひとつだが,三鷹市にある天文学教育研究センターをはじめ,本学のビッグバン宇宙国際研究センター,総合文化研究科,宇宙線研究所,さらに自然科学研究機構国立天文台,宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所の合計20名以上の教員の協力を得て,東京大学の天文学教育・研究の中心的な役割を果たしている。学部学生の1学年あたりの定員は10名と少数精鋭で,アットホームな雰囲気を楽しんでいる学生も多い。大学院は毎年約23名の修士を受け入れており,博士を取得する学生も毎年10名を 越えている。国内全体でみても,天文学教室をもち, 学部から天文学の専門教育を行う大学は数が限られている。上述のように多機関協力による多数の教員数やカバーする研究テーマの豊かさは,国内外でトップクラスの水準といえる。さらに,自然科学研究機構国立天文台や同アストロバイオロジーセンターとの連携などにより,学生が天文特有の装置開発,観測,データ解析などのトレーニングの恩恵を受けやすい環境にもなっている。

学生教育・進学・就職

天文学の基本は物理学と数学である。したがって,学部では,まず物理・数学の講義を重視している。いっぽう,天文学専門の基礎的な知識を得る講義も2年次後期から並行して行われる。3年次には,可視光や電波の望遠鏡を使って観測実習も選択できるようになっており,観測だけでなくデータ解析も学部時代から経験することができる。また,実験と演習にも力を入れている。

4年次には課題研究を行う。これは学生の希望を容れて指導教員を決め,その教員から直接に指導を受け, 観測・解析・シミュレーションを行うなど,最先端の天文学研究に触れる機会が与えられる。大学院に進み,その成果を学術論文として発表する場合もある。また,学部時代から留学をサポートするシステムもある。第3学年または第4学年において研究倫理が必修科目であることも記しておく。

大学院では,国内外の望遠鏡を駆使して研究を進めたり,海外に長期滞在してバリバリと研究を進めたりする院生もいる。ハワイのすばる望遠鏡およびチリのアルマ望遠鏡やそれらのデータを使って,修士論文や博士論文を仕上げる学生も多い。すばる望遠鏡を使うだけでなく,そのための観測装置開発(図1)に深く携わっている学生もいる。さらに,天文学教育研究センターがチリに建設中のTAO望遠鏡が2019年にファーストライトを迎える予定であり,世界第一線の研究はもちろん,本学の院生教育においても魅力的な望遠鏡となるだろう。

天文教室に進学する学部生は平均すれば8割以上が大学院に進学しており,研究者を目指している学生も多い。しかし最近は,キャリアパスの広がりにより,多様な選択も増えつつある。就職 先はコンピュータ関係,光学関係などから,官公庁,金融関係まで多岐にわたる。

   


図1.すばる望遠鏡用に開発された地球型惑星探 査用の赤外線分光器IRDの仕組み。望遠鏡のナスミス焦点に集めた天体の 光を,光ファイバーを 使って,分光器①に入れる。そのさいの際,モードスクランブラー②を通して光の乱れを低減する。波長の目盛となる レーザー周波数コム③の 光も天体の光と同様の経路を通って分光器に入る。(© アストロバイオロ ジーセンター・東京大学)


研究

天文学は医学と並んでもっとも長い歴史をもつ学問である。宇宙の謎が多いように,その長い歴史の中で天文学の多様な分野が形成されてきた。科学のほか分野でもそうだが,それぞれの分野には「旬」もある。しかし,今の旬を後追いするだけでは「芸」がない。天文学教室ではなるべく多様な分野をカバーできるような教員体制をとり,現在は,遠方銀河,高エネルギー現象,超新星,星間物質・化学,恒星の振動,系外惑星という幅広い分野で世界的に第一線の研究を行っている。この順番はスケールの大きな順に並べただけであり,教室の方針として,天文学の一分野を先端化したり順位付けしたりしているわけではない。また,いわゆる観測屋と理論屋という分類で見ても,本教室はほぼ半数ずつの分布である。このため,学生の広い興味に応えることができている。以下,教室で行われている実際の代表的研究成果をいくつか紹介する。紙数に限りがあるので,ここでは羅列は避けて数例だけに留める。興味をもたれた方は,ぜひ専攻のホームページなどで各先生の研究をご覧いただきたい。

銀河の中にはおよそ数千億個の星が含まれている。宇宙には無数に銀河が存在し,その中の1つ,天の川銀河に私たちも住んでいる。銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在し10桁のスケールの違いにもかかわらず銀河の質量と美しい関係をもち,銀河の周囲には光では見えない謎の物質 ダークマター(暗黒物質)が大量にとりまいている。いっぽう,現在の宇宙における銀河の分布はとても非一様で,宇宙の大規模構造と言われる巨大なネットワークを形成している。宇宙を最もマクロな視点で眺めた時,銀河は宇宙の歴史・構造を知る最小単位といえるだろう。図2に示すように銀河天文学は宇宙の大部分の空間・時間を研究対象にしている。柏川教授らのグループは,138億年の宇宙の歴史の中で,銀河がどのように生まれどのように育ち,現在のような姿になったのかを理解しようとしてい る。とくに遠方銀河の観測からは初期宇宙の様子が分かる。130億年の長い宇宙の旅をしてきた光子をできるだけ多く捕まえ,銀河形成・宇宙再電離の様子を紐解こうとしている。



図2.ビッグバン(左側)から始まった宇宙が138億年の時間を経て現在(右側)に至る宇宙の歴史の概念図。

近年の精密観測により,宇宙膨張を加速させる暗黒エネルギーが宇宙の成分として支配的であることが分かってわかってきた。この正体が現代宇 宙論における最大の謎となっており,これに迫るためさまざまな様々な天文観測が行われている。戸谷教授が中心となって実施したFastSoundプロジェクトもそのひとつ一つで,すばる望遠鏡を用いて史上最遠方,宇宙誕生後47億年の頃の革新的な宇宙立体地図を作った(図3)。また,超新星やガンマ線バーストと言った,星が引き起こす巨大な爆発現象は魅力的な研究対象であるだけでなく,遠方の宇宙を探る道具としても大切である。天文学専攻では,こうした現象をコンピュータシミュレーションで調べたり,これらの観測データから初期宇宙の物理状態を引き出したりする研究が行われている。新たな謎の天体が見つかるのもこの分野の魅力で,数年前に見つかった謎の高速電波バースト現象は,今,全くの謎として世界の天文学者を悩ませている。


図3.FastSoundプロジェクトが 描き出した,誕生後47億年の頃の宇宙の大構造。(© 東京大学)

銀河系内に目を向けると,星間空間は希薄なプラズマまたは中性のガスで満されているが,ガスの一部は分子雲とよばれる低温・高密度な星間雲を形成する。分子雲内でガスが自己重力で引き合って収縮すると次の世代の星が生まれる。生まれたばかりの星 の周りには原始惑星系円盤が形成され,惑星系が生まれる(図4)。相川教授らはこのような星・惑星系形成過程について,星間物質の進化を中心に研究している。ガスや固体(ダストや氷)の組成は物理環境に応じて変化する。また多くの場合,化学反応は系の動的な進化よりもゆっくり進むため,化学組成からそれまでのガスの温度変化などの情報をひも解くことも可能である。実際ALMA望遠鏡などでの高空間分解能観測では,若い星の周囲でのガスの降着,円盤形成などが多数の分子輝線で観測されてきた。これらのガスは円盤に取り込まれ,惑星系の材料となるため,惑星系の物質科学的な起源と進化を探る手がかりにもなる。

   
図4.分子雲から若い星・惑星系までの進化の描像。
(参照:Inoue & Inutsuka2008 Jorgensen et al. 2012 © 国立天文台)
 

太陽以外の恒星を周回する惑星(系外惑星)の 観測は,現在天文学の最もホットな分野のひ とつである。系外惑星の確たる発見から,わずか23年で,惑星候補も含めるとその数は5000個以上となった。これまでの系外惑星探査は,主星と惑星を分離して撮像しない「間接法」が主たる方法であった。しかし,巨大望遠鏡に加え,地球大気の揺らぎをリアルタイムで補正し星像をシャープにする補償光学と,明るすぎる主星からの光を抑制するコロナグラフ技術など,近年の天文観測手法の発展により, 巨大系外惑星に関しては,系外惑星を直接に撮像し分光することが可能になった。すばる望遠鏡においては,筆者が主導していた直接観測による系外惑星および星周円盤の探査プロジェクト(SEEDS)が 2009年に開始され,2015年にその主たるサーベイを完了した。その結果,太陽型恒星まわりの巨大系外惑星の世界初の直接検出(図5)や,これまた世界初の多数の惑星誕生現場(円盤)における空隙構造および渦巻腕構造の発見など,インパクトのある成果を挙げることができた。その後もそのデータを用いた論文や次世代装置による成果を輩出している。

   
図5.すばる望遠鏡用の高コントラストカメラHiCIAOによ る,太陽型恒星GJ504のまわりの惑星GJ504b(右上の点状天体)の赤外線画像,主星(+印の位置)の明るい光は除かれているが,その影響が中 心部から放射状に広がっている。(© アストロバイオロジーセ ンター,国立天文台)
 

さらに,近い将来の宇宙における生命探査の期待もあり,系外惑星探査もより小さな地球型惑星に向かいつつある。2009年に打ち上げられ,数千個もの系外惑星を発見することに貢献したNASAのケプラー衛星で,ようやく数十個の生命居住可能領域にある地球型惑星(ハビタブ ル惑星)が発見されたが,いずれも地球から遠すぎて生命の兆候を現在の望遠鏡を使って探査 する事ができない。そこで,すばる望遠鏡のために新しく地球型惑星探査のための革新的な赤 外線分光器IRDが開発された(図1,田村,アストロバイオロジーセンターの小谷隆行ほか)。 これによって,地球近くにも多数ある軽い恒星 (赤色矮星)まわりのハビタブル惑星の発見が進むと期待される。また, 2018年4月に打ち上げに成功したTESS衛星も近い恒星まわりのトランジット惑星を多数発見するだろう。

以上はごく限られた例ではあるが,本専攻における最先端研究の感触をつかんでいただけただろうか。天文学の商売道具とも言える望遠鏡の発展から見ると,1609年のガリレオの観測から数えて約400年経って,可視光・赤外線波長では,望遠鏡口径が2m級宇宙望遠鏡と8m級地上望遠鏡の時代を迎えているわけだが, 今後10年以内に次世代望遠鏡,すなわち,6m級宇宙望遠鏡(JWST)と30m級地上望遠鏡(TMT,ELT,GMT)の時代がやってくる。このような絶好のタイミングで明日からの天文学を目指す皆さんには,ぜひとも未踏の知に挑んでいただきたい。

To boldly go where no man has gone before!


▶︎
天文学専攻の教員(天文学科/本郷キャンパス・天文学教育研究センター/三鷹)

 
 

 

▶︎ 天文学専攻のホームページは,こちらからご覧いただけます。
 http://www.astron.s.u-tokyo.ac.jp/

 

 

※ 資料をご提供いただいた,尾中敬名誉教授,戸谷友則・柏川伸成・相川祐理教授に感謝します。

理学部ニュース2018年9月号掲載

 

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