今年の夏はとくに暑い!(この原稿は2018年7月に書かれたものである。)今後,日本の夏は常に暑く,クーラーの効いた室内と異常に暑い外気との温度差を使って,各自の家で発電をする日がくるかもしれない。さらに現在でも地下鉄とか溶鉱炉で,かなりの熱が排熱として捨てられている。これらの温度差の有効利用を現実化することは工学の問題だが,理学の問題としては,どのようなメカニズムで温度差が電圧に変換されるのか?ということになる。これを一般に熱電の問題という。

図のような,温度差が電圧に変換される熱電現象はひじょうに基本的な物理の問題であるが,最近の目覚ましい実験的研究の発展とともに理論的にも解決すべき問題がいろいろと出てきた。この説明をするために,まず物性物理学における線形応答理論から説明しよう。

物理学の主たる研究の1つは,物質の状態を調べることである。圧力や温度を変えた場合の相図を解明することもそのひとつである。これには,物質が超伝導状態になるかどうかなども含まれる。これらは熱平衡状態の問題といえる。

次に問題となるのは非平衡状態である。しかし非平衡度が大きすぎると,現在の統計力学・熱力学では手に負えない。そもそも非平衡状態での温度が定義できないからである。そこで,非平衡問題へのアプローチの第一段階として,平衡から少しだけずれた状況を考える。つまり,平衡状態に小さな摂動をかけて系の応答を調べるという方法である。この手法は「線形応答理論」とよばれるが, 1957年に本学物理学科の教授であった久保亮五先生によって集大成された。応答を見れば,その系の性質が分かる。たとえば系が不安定な状態だと,大きな応答が得られる。人間でいうと情緒不安定な状態に対応する。

線形応答の一例は電気伝導である。系に外場として電場をかけると,応答として電流が発生する。電流を流し続けるには電源からのエネルギーが必要で,流入したエネルギーはジュール熱として散逸されるので,非平衡定常状態の問題である。

   
温度差が電圧に変換される概念図。左側の試料中をさまざまな素励起が流れる。この図のように電圧計が振り切れるような電圧が発生するのが望ましい。温度勾配は,水平方向の仮想的な重力場ポテンシャルと等価であると考えられている。

 

これに対して系に温度勾配をかけた場合はどうだろうか?(図)それが 熱電現象に対する理学の問いである。電場の場合には,外からかけた摂動は力学的エネルギーとして表現できる。これが久保による線形応答理論の 基礎にあった。しかし, 温度勾配は力学的エネルギーとして書くことができないという根本的な問題がある。そこでどうするか?ということになるが,一応の答えとしてラッティンジャー(Luttinger)の方法というものが知られている。彼は仮想的な重力場ポテンシャルを考え,これが温度勾配と等価になることを示した。しかしこの理論はかなり難解で,これまであまり研究が進んでこなかった。しかし最近の熱電の重要性に触発されて研究が急速に展開している。温度勾配によって固体中のさまざまなもの(素励起)が熱エネルギーを運ぶが,その途中で電子を散乱して動かせば,それが電流,ひいては電圧 を生じる。このメカニズムを徹底的に解明すればよい。ただし熱エネルギーはいろいろな形態を取るので,それらについて1つ1つ丁寧に解析していく必要がある。理学部物理学科のわれわれの研究室では,線形応答理論にのっとって,温度勾配の理論を長期的に研究することとした。そこには物性物理学のさまざまな神髄が含まれていて,やりがいのある問題である。

この問題について今後数年にわたって,理論・実験ともに着実に進展し,万人が納得できる形での解決が来る日が近いと期待している。

理学部ニュース2018年9月号掲載

 

 

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