カミナリ雲の中に隠れた天然の加速器の破壊

和田 有希(物理学専攻 博士課程2年生)

中澤 知洋(名古屋大学 准教授/元・物理学専攻 講師)





「加速器」というと素粒子・原子核実験や医療診断・放射線治療で用いられるものが思い浮かぶ。レントゲン写真は,真空中で高電圧を印加して加速した電子から得られるX線を利用しており,身近な加速器の例である。では高い電圧が印加されれば自然界,たとえば雷雲の中でも電子が加速されるのではないか。この素案は実に90年以上前の1925年にウィルソン(C.T.R. Wilson) によって発表されている。その予言通り,航空機で雷雲の中に突入したり,雷の多い高山, あるいは雷雲が地面に接近する冬の北陸地方に検出器を置くことで,雷雲の中で発せられる放射線,とくにX線・ガンマ線が観測されてきた。驚くべきは,これらの放射が数秒から数分,まれに数十分も継続することである。

濃密な大気中で電子を加速させるのは容易ではない。電子は大気中の原子とぶつかって他の電子を叩き出す電離損失により,すぐに減速してしまう。しかし,雷雲の中に電離損失に打ち勝つだけの強い電場が存在していれば電子は加速され,また電離損失による二次電子の一部も加速され,という具合になだれ増幅する。加速された電子は,周辺の原子核にぶつかって進路が曲げられる際に,制動放射によってX線・ガンマ線を放出する。

   
図:雷雲から発せられる制動放射(左)とその放射源を破壊した雷放電(右)。能登半島の上空を雷雲が通過した際に, 地上の検出器が雷雲内の電子加速によって生成された放射線バーストを検知した。電子の加速メカニズムは雷放電によって破壊され, 放射線バーストとともに消滅した。

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2017年2月,能登半島の先端部,石川県珠洲市に設置した放射線検出器が,1分ほどの放射線バーストをとらえた。このとき,同じ観測地に設置した電場計が帯電した雲,すなわち雷雲の通過をとらえた。雷雲がサーチライトのように制動放射で地上を照らしながら, 冬の季節風に乗って流れてきたのだ。そして雷雲が検出器のほぼ真上に差し掛かったときに,その放射線バーストは突如として消失してしまった。

このときに富山湾の5箇所に設置した電波受信機が雷を観測した。放電によって電流が流れれば,それに伴いさまざまな波長の電波が放出される。5箇所の受信機に到達するまでの時間差を用いると,放電の位置を評定できる。放電路は東西に伸びた帯状の雷雲に沿って,西から東に向かって70kmも進展しており,その途中で放射線の観測地の南0.7kmの地点を通過している。この通過時刻と放射線バーストの消失時刻が一致していた。このことから放 電が「天然の加速器」を構成する強電場の領域を 通過し,加速器を破壊したことが明らかになった。

放射線と電場や電波の計測は研究領域が異なるため,同時に行われることは少なかった。今回の同時観測は放射線,大気電場,電波それぞれの専門家による共同研究で成し遂げられ,従 来の雷科学と高エネルギー物理学が融合する学際研究「雷雲と雷の高エネルギー大気物理学」 の突破口ともいえる成果である。今後の継続的な研究により,たとえば放射線バーストが雷放電の発生にどのような影響を与えるか,といった謎を解明できるのではと期待している。

本研究成果は,Y. Wada et al. , Geophys. Res. Lett .,45, 5700-5707(2018)に掲載された。

注) 雷放電には,電流が雷雲から地面へと流れる「対地雷」と,雷雲の中だけで完結する「雲間放電」がある。一般的には地上に被害をもたらす対地雷がよく知られているが、「雷雲の中にある加速器の破壊」という観点では,対地雷だけでなく,雲の中だけを駆け抜ける雲間放電も重要な現象である。今回の観測結果は雲間放電によるものである。

(2018年5月25日プレスリリース)

理学部ニュース2018年9月号掲載

 

 

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