地球惑星科学専攻

  地球惑星科学 - 夢があり,面白く,役にも立つ科学 -

高橋 嘉夫(地球惑星科学専攻長/地球惑星科学専攻 教授)


地球惑星科学の魅力

-21世紀にもっとも必要とされるサイエンス-

45.67億年前に地球は誕生した。この数字は,地球惑星科学分野で最新の放射年代測定から得られた確度の高い値である。45.67億年を1年に例えると,人間が誕生したのは大晦日の16時である。それだけ長い年月進化してきた地球や生命の果てに,われわれ人間がいる。それだけでも,生まれたことの素晴らしさが感じられ,小さなことにくよくよせず,一秒足らずの人生を精一杯生きようと思える。いっぽう,このカレンダーでは人間が炭酸ガスを放出し温暖化を起こし始めたのは,大晦日の23時59分59秒となる。このことは,いかに急激に人間が地球を変えたかを物語り,地球環境問題の重大さを思い知る。

このように地球惑星科学は,太陽系や生命の誕生と進化などの「夢」を追求する分野と,環境・災害・資源などの「社会や人間の役に立つこと(貢献)」を研究する分野の2つの魅力を備えたユニークな学問分野である。扱う対象は,われわれが実感をもって感じられることが多く,たとえば「地球や生命はいつ生まれた?」,「宇宙はどうなってる?」,「地震や火山噴火はなぜ起きる?」,「地球環境の将来は?」など,誰もが一度は疑問にもつテーマばかりである。また,地球惑星科学は理学の中では応用的性格が強い分野で,その基盤には,物理,化学,生物学,地学の各分野がある。その成果の出口には,純粋理論や科学的に普遍の事実に加えて,社会や人類の将来に対する貢献も含まれる。だから,皆さんがもし宇宙,地球,環境,人間のどれかに興味があるなら,地球惑星科学の中に必ず自分に合ったテーマを探せるといっても過言ではない。こうした幅の広さや多面性が,地球惑星科学の最大の魅力である。

  図1. 地球惑星科学専攻の5つの大講座。赤字は人類の夢を体現したテーマ,青字は持続可能性・安心安全に貢献するテーマ。  

こう書くと,地球惑星科学は,さまざまな分野がばらばらに存在しているように思われるかもしれない。確かにかつてはそうした側面もあったが,現代の地球惑星科学では,関連がなさそうだった諸分野が密接に関係していることが分かり,宇宙-地球-環境-生命を包括的にみる必要が出てきた。たとえば,マントルの動きは地球表層の環境に影響を与え,それが生命の進化を促し,その生物の活動が逆に地球環境に影響を与える,といった具合だ。そして,こうしたシステム科学的な視点自体が,地球惑星科学の新たな魅力ともなっている。

地球惑星科学は紛れもなく21世紀にもっとも必要とされる科学であるといってよい。地球環境・災害・資源などの問題に対峙し,持続可能な発展や安全・安心を追求する上で,地球惑星科学は必須な学問だからである。いっぽうで,危機感だけで人生を豊かに過ごすことはできない。人間を人間たらしめるもの,それは飽くなき好奇心や夢。宇宙の彼方の星,年に数cmの大地の動き,かつていた恐竜などに思いをはせるからこそ,現実の切実な問題にも立ち向かえる。地球惑星科学の基礎を学ぶことは,これら「夢」と「貢献」のいずれにもつながっていく。


地球惑星科学専攻と地球惑星物理学科・地球惑星環境学科 
-その歴史と現在-

われわれの地球惑星科学専攻と対応する学科である地球惑星物理学科および地球惑星環境学科は,このような地球惑星科学の発展に呼応して組織を改編してきた。1877年の東京大学成立時から理学部には地質学科があり,その後鉱物学科,地理学科,地震学科(後の地球物理学科)が設置された。そして,現在の学部組織である地球惑星物理学科と地球惑星環境学科は,それぞれ1990年と2006年に改組されて成立した。いっぽう,大学院組織は,大学院重点化と4専攻(地球惑星物理学,地質学,鉱物学,地理学)合同を経て, 2000年に地球惑星科学専攻となった。

地球惑星科学専攻は,広範な地球惑星科学に対応するために,「地球をとりまく宇宙空間や太陽系内外の惑星」,「地殻・マントル・コアからなる固体地球」,「その中間に存在する大気や海洋」,「生命が息づく地球表層の生命圏」のsphere(圏)に対応した大講座(大気海洋科学講座,宇宙惑星科学講座,固体地球科学講座,地球生命圏科学講座)と,「sphere間のエネルギーや物質の相互作用を統合的に扱う」地球惑星システム科学講座の5つの大講座からなっている(図1)。各講座では,諸現象の素過程を野外での「調査・観測」,試料の「分析」,自然を模擬した「実験」などから解明する研究と,その素過程を基に全体を統一的に理解・予測するための「モデリング」や「シミュレーション」を主体とする研究が,互いに刺激し合いながら進められている。修士と博士の定員はそれぞれ1 学年約100名と50名という大所帯であるが,この5講座の教員・学生が一同に介し,互いの研究を紹介するセミナーなどもあり,横のつながりも活発化している。また大学院教育には,協力講座として地震研究所,大気海洋研究所,先端科学技術研究センターが,連携講座としてJAXA・宇宙科学研究所と高エネルギー加速器研究機構(KEK)・物質構造科学研究所が参画しており,より幅広い研究分野に対応している。

そして,大学院での多様なアプローチの基礎を学ぶため,物理学的側面を重視した地球惑星物理学科と,野外での観察や実験室での試料の化学的・生物学的・地学的分析を重視した地球惑星環境学科が設けられている。ひじょうに幅広い地球惑星科学の領域を学ぶ上で,各人の基本となる考え方・手法を専門として身につけ,それを起点に他分野に自分の領域を広げていくことは,有効な方法である。また両学科間では,興味があれば互いの講義なども自由に選択でき,多様な学問に触れられるよう工夫されている。


人類のフロンティア

本専攻で進められている魅力的な研究の数々を簡単に紹介していく。まず興味が持たれるのは,地球を取り巻く宇宙の研究だろう。本専攻ではおもに太陽系の惑星を対象にして,その起源・進化や惑星表層環境の水や生命存在の可能性について研究を進めており,近年ではその対象を系外惑星にまで広げ,宇宙のどこかにハビタブルな(生命が住み得る)星があるのではという夢を追求している。研究手法としては,隕石などの地球に飛来する物質の分析に加えて,探査機を用いてこれらの物質を太陽系内に自ら求める惑星探査の研究が主流になってきた。とくに後者の代表例である「はやぶさ」などに関わる研究者は多く,目をキラキラと輝かせ,それぞれのミッションに邁進している。これを書いている2018年6月,今まさに「はやぶさ2」(図2)は目的とする小惑星リュウグウに到着した。これからどんな星のかけらを地球にもたらしてくれるのだろうか。また,衛星観測とコンピューターシミュレーションも重要なツールであり,われわれの地球と宇宙の境目で,宇宙線やプラズマ粒子に満ちた空間も,重要な研究対象となっている。これらの研究推進のため,さまざまな国際宇宙科学ミッションが進められている(図2)。

図2 .本専攻が主導する宇宙惑星プロジェクト。
(左)小惑星探査機「はやぶさ2」(池下章裕提供),
(右)あらせ(ERG)衛星が,地球放射線帯内で波動-粒子相互作用によるオーロラ電子生成をとらえた現場の模式図(Kasahara et al 2018 ; ERG science team)。

人類にとってのもう1つのフロンティアは,地球内部だろう。この世界は,高温高圧の世界であり,この深部に人間自身が到達することは惑星に行くより難しいかもしれない。そのような対象には,高温高圧実験,地震波観測,コンピューターシミュレーションなどが有効である。とくに本専攻が進める高温高圧実験は,ダイアモンドアンビルセルを用いた世界最高の技術をもち,地球のマントルや核の状態を再現し,これらへの元素分配も解明しつつあり,固体惑星進化を探る上で貴重な情報を提供している。核よりも深度が浅い領域では,マントル対流やプレートテクトニクスが興味の対象であり,これらは造山運動や地震・火山噴火などの現象の本質でもある。とくに地震学においては,スロー地震などの新しいタイプの地震が多く発見され,本専攻はその研究の中心を担っている(図3)。表層に近づくと,実際の岩石を採取したアプローチが可能になり(図3),岩石・鉱物の物性分析,地球化学分析,同位体分析などのさまざまな先端手法を用いて,地球史,テクトニクス,大陸形成,地震・火山などに関するきわめて多様な研究が展開されている。この中にも,「夢」と「貢献」が同居している。

図3 . 固体地球のダイナミックな動きとそれに伴う地震現象。
(左)過去の日本列島における地殻変動を物語る褶曲構造( 紀伊半島; ウォリス・サイモン教授提供),
(右)南海トラフ周辺でおきる様々な地震とゆっくり地震(井出 哲教授提供)。


大気・海洋・表層環境と生命

宇宙空間と固体地球の間に存在するのは,大気・海洋や岩石・土壌からなり,生命が存在する環境である。このうち大気・海洋は,地球表層のエネルギーや物質の循環をもたらす流体であり,この分野では,理論的考察,大循環モデルシミュレーション(図4),現場観測などに基づいて,大気や海洋の流れと乱れの理解,気候変動を生む大気海洋相互作用の機構解明,大気海洋物質の組成変動などをアクティブに研究している。とくに物理法則に基づく理解を徹底的に進めることで,大気海洋環境の将来を正確に予測し,地球温暖化,気象,エルニーニョなど人間・社会活動に密接に関連する問題を解き,社会に貢献することを目指している。衛星観測,大型レーダー(南極昭和基地設置大型レーダーなど),航空機,研究船,極域観測施設などのさまざまなプラットフォームを利用した観測研究もこの分野の魅力である(図4)。また,この分野の物質科学的研究としては,大気中を浮遊するエアロゾルについて精力的に研究されており,燃焼などで人為的に発生するエアロゾルは,雲形成や海の生物生産に影響を与えることで,地球寒冷化に寄与する可能性があるなど,気候変動との関わりが深い。また,炭素サイクルなど地球システムの重要な構成員であるサンゴ礁に対する地球温暖化の影響なども興味深いテーマである。

この環境に存在する生命に関わる研究も,地球惑星科学の魅力の1つである。本専攻では,微生物から多細胞動物に渡るさまざまな生物を扱い,遺伝子解析的手法を用いた生命の起源と進化に関する研究,実際の化石試料を用いた生物の形態進化・機能獲得の進化過程の研究などが進められている(図5)。また,表層物質と微生物の相互作用の解明,生命がつくる鉱物(バイオミネラリゼーション),元素の生体必須性や生物濃縮などを通じて,「地球環境と生命の共進化」の解明に迫っている。さらに海底熱水や地底深くなどの極限環境に棲息する微生物に関わる研究は,アストロバイオロジー(宇宙における生命の起源・進化・伝播の研究)と連携しながら,「生命の起源研究」をリードしている。

  図4.(左)北極域(スピッツベルゲン島のゼッペリン山)での雲微物理量の連続観測小池 真准教授提供),
(右)高解像度海洋モデルで再現された海面流速分布(細かい空間規模の渦などを再現)のシミュレーション結果(升本 順夫教授提供)。

 

図5. (左)ナーズン炭鉱(ベトナム)におけるカメ類の腹甲の化石(a)と調査の様子(b)。同地では新生代淡水生脊椎動物の化石が多数見つかり,東南アジアの古脊椎動物学研究の進展が期待される(對比地孝亘准教授提供)。
(右)岐阜県瑞浪超深地層研究所地下坑道(c) の掘削孔の地下水中の微生物の生物分類と生態系を解明中 で,(d)は岩盤を構成する花崗岩に地下微生物の蛍光顕微鏡写真を重ね合たイメージ図(鈴木 庸平准教授提供)。



扱う時空間のダイナミックレンジや多圏間相互作用

こうした地球惑星・環境研究の面白さの所以として,扱っている時空間のダイナミックレンジの広さが挙げられる。時間的には,現在を中心にして, 46億年前の太陽系・地球,過去100万年程度の気候変動研究から地球 環境の未来に渡る広がりがある。空間的にもさまざま広がりがあり,物質科学的には,電子顕微鏡や放射光分析の発展に伴い,原子・分子の配列や化学反応素過程から環境中の物質の挙動や資源の形成を理解する分野(ナノジオサイエンス,分子地球化学)の発展が著しく,高圧下で生成する鉱物の解析,原発事故で放出された放射性核種や水銀などの有害元素の挙動,レアアース・レアメタルなどの濃集過程の理解などがその例である(図6)。

同様に生命科学・古生物学でも,ゲノム情報に基づく分子生物学的知見から生物の機能変化・進化を探っている。

またすでに述べたシステム学や多圏間相互作用も面白い研究対象である。たとえば水に着目すると,その対象は,地球表層のみならず,地球深部でのマグマの生成やマントルへの水の供給,宇宙における水惑星の発見などに広がり,多圏における水の循環は最前線の研究課題である。システム学的研究における本専攻の成果として,23億および6-7億年前の全球凍結(スノーボールアース)現象の研究が挙げられる。これにより,プレートの動きと大陸配置,大気-岩石-水相互作用,大気中の二酸化炭素や酸素濃度の変動,放射収支の変化による気候変動などの理解が進んだ(図6)。





   
  図6.(上)原子・分子の相互作用から地球惑星・環境の物質循環を探る分子地球化学(筆者提供)。
(下)地球惑星システム学的解析による地球の酸素濃度変化のシミュレーション(田近英一教授提供)。



目指せ,「夢」と「貢献」を担う地球惑星科学の研究者

筆者は,化学科出身ではあるが,地球惑星科学の研究者になって本当に良かったと思っている。研究対象が理学として面白いばかりでなく,それが世の中の役に立つチャンスも多いからである。また,自分の基礎がしっかりしていれば,さまざまな研究対象に取り組むことができる点もこの分野ならではである。そんな魅力に溢れたこの地球惑星科学分野に,若手がどんどん挑戦し,ぜひとも研究者の道を進んでくれるとよいと思う。そのさい,本稿で述べたように多様な地球惑星科学であればこそ,もっとも大事なことは,その基礎・基盤をきちんと身につけることである。この分野で扱われるトピックスは,さまざまな技術開発により今後とも激しく移り変わっていくだろうが,そのベースとなるのは理学的な物理,化学,生物,地学の基礎とそれを活かす論理的思考にほかならない。研究者は学位取得後40年間,最前線の研究を開拓する使命を背負う。われわれ教員は,そのことを常に胸にとどめ,長い研究者の道程を生き抜くために必要な基礎・基盤を学生達に授けることに全力を尽くしたい。幸い,今のところ本専攻の修了生は,さまざまなキャリアパスに恵まれており,十分な実力を養成すれば,研究者として活躍できる場は数多くある。学生さんには,ぜひとも地球惑星科学の研究者になって,われわれと一緒に新たな「夢」や「貢献」を実現しつつ,素晴らしい人生を送っていただきたいとお伝えしたい。

理学部ニュース2018年7月号掲載

 

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