膜交通

膜交通

上田 貴志(生物科学専攻 准教授)

わが国千年の王城の地である京都と,花の都パリの航空写真をご覧になると,その街の造りが全く異なっていることに気付かれるだろう。京都の方は碁盤の目状に張り巡らされた道路により,市街が方形の坊に区切られているのに対し,パリの方はいくつもの広場が放射状に伸びる道路により結ばれている。それぞれの都市がその歴史や需要を反映し,独自の交通網を発達させてきた結果である。真核生物の細胞の中にも,それぞれの生物の体制や生活環,歩んできた進化の道筋を反映し,独自の発達を遂げた交通網が存在する。

真核細胞の中には,小胞体,ゴルジ体,エンドソーム,リソソーム(植物や菌類では液胞)など,一重の膜によって囲まれたさまざまなオルガネラ(細胞小器官)が存在する。それぞれのオルガネラには,特定のタンパク質群や脂質が存在しており,それらが混じり合うことなくはたらくことにより,オルガネラごとに異なる機能を果たしている。単膜系オルガネラではたらくタンパク質の多くや分泌タンパク質は,まず小胞体で合成され,その後それぞれの目的地へと運ばれる。また,目的地のオルガネラに到着したタンパク質は,別のオルガネラへと間違って輸送されてしまうことなく,そのオルガネラに留まり続ける必要がある。このような仕組みを支えているのが,「膜交通(メンブレントラフィック: membrane traffic) である。

小胞状または細管状の膜によって囲まれた輸送中間体を介し,単膜系オルガネラの間で物質のやりとりをおこなう仕組みを,車や鉄道を介した交通システムになぞらえ,「膜交通」とよぶ。膜交通の分子機構は,酵母や動物細胞を用いた研究によりその大枠が明らかにされており,現在では,被覆複合体,Rab GTPase,SNAREなどの進化的に保存された分子が,多様な真核生物のすべての輸送経路で重要な機能を担っていることが明らかとされている。いっぽうで,これらの分子が進化の過程で系統ごとに独自の多様化を果たすことにより,ある生物に特有の膜交通経路が開拓されてきたことも明らかとなりつつある。たとえば植物には,動物にはない独特の構造をもつRab GTPaseが存在し,これが制御する輸送経路が植物の環境応答に関わることが明らかとなっている(理学部ニュース2011年9月号「研究ニュース」をご参照いただきたい)。