ゼータ関数

ゼータ関数

織田 孝幸(数理科学研究科 教授)

ゼータ関数と呼ばれる数学的対象が初めて現れたのは,素数分布を論じたリーマン (Bernhard Riemann) の1859年の論文であろう。その定義である無限和

を,有限べき乗和 ( は自然数) の変形・一般化と見なせば,江戸時代の数学者関孝和やベルヌーイ (Jacob Bernoulli) の研究したベルヌーイ数に起源があるとも言える。

この論文でリーマンは を経路積分によって書き直し,全複素 s-平面に有理型に解析接続し,さらに, とを結びつける関数等式や,特殊値と言われる ( は自然数)の値をベルヌーイ数で表す結果を得た。さらに素数分布を得る方針を提案する過程で,ゼータ関数の零点に関するリーマンの予想が述べられる。

リーマンのゼータ関数の一般化として,ディリクレ (Lejeune Dirichlet) の L-関数や,代数体のデデキンド (Richard Dedekind) のゼータ関数などがある。両者を統合して,ヒルベルト (David Hilbert) の弟子であった,ヘッケ (Erich Hecke) によって,ヘッケの L 関数が定義され,関数等式の証明なども彼が初めて行った。ヘッケの L 関数の性質は,高木貞治の相対類体論における基本的な等式の証明にも用いられた。ゲッチンゲン大学 (Georg-August-Universität Göttingen) にいたヘッケは一時期電子論に興味があったらしく,論文一篇がある。

ヘッケはフルヴィツ (Adolf Hurwitz) のアイデアを一般化して, の合同部分群保型形式の空間に,各素数に付随するヘッケ作用素と今日呼ばれるものを定義し,この同時固有ベクトルになる保型形式にオイラー積をもつ L 関数を定義した。これを現在ヘッケ理論と呼ぶ。

戦後,アメリカに頭脳流出した日本人整数論研究者も大きく寄与したこの分野は,今やワイルス (Andrew Wiles) その他の,フェルマー予想の証明と結びつけて語られる。

19世紀末の,クライン (Felix Christian Klein) やポアンカレ (Jules Henri Poincaré)の一変数の研究と同様に,多変数の場合も,高次元代数多様体,半単純代数群の表現論,トポロジーなど多くの分野と関わる。理論物理や少なくとも結晶解析などの実験物理とも関連する。

数理科学研究科で,ゼータ関数と関連する(つまり整数論の)研究室は,織田孝幸のほか,齋藤毅・寺杣友秀・松本眞・辻雄・志甫淳,各氏の研究室である。