永久磁石

永久磁石

合田 義弘(物理学専攻 助教)

永久磁石とは外部からエネルギーを加えることなく,自発的かつ定常的に磁場を外部に発生させる物体といえる。外部に磁気エネルギーを発生させている状態よりもさせていない状態の方が通常は安定であるが,永久磁石を構成する強磁性体のもつ磁気異方性が十分に大きければ,外部磁場を加えたのち取り除くことにより,着磁させる(永久磁石状態を実現する)ことができる。永久磁石はわれわれの日常において身近であるが,物理学の研究対象としてはまだ未知の部分が多い。

永久磁石の歴史は古く,落雷などにより着磁された天然の磁鉄鉱 Fe3O4 は紀元前より世界各地で用いられていたことが知られているが,人工的な永久磁石材料の歴史はここ100年程度,と短い。1917年の本多光太郎らによるKS鋼より本格化する永久磁石材料開発では日本人の貢献が大きく, 1982年の佐川眞人らによるネオジム磁石( Nd2Fe14B 焼結磁石)により大きなブレイクスルーを迎えた。現在においてもネオジム磁石は最強の永久磁石であり,この登場により磁石材料の小型化が飛躍的に進み,携帯電話のスピーカーやパソコンのなどハードディスクなど,現代のエレクトロニクスにおいてきわめて重要な役割を果たしている。ところが,近年の風力発電機タービンやハイブリッド自動車モーターなどなど,200℃程度の高温環境における大幅な需要の高まりにより,新磁石材料の開発が求められることとなる。なぜならネオジム磁石の高温性能を確保するためには,重希土類元素であるディスプロシウム(Dy)の添加が必要だが,この希少元素は産地が極端に偏在し調達リスクがきわめて高いからである。

永久磁石材料と通常の強磁性体とのもっとも顕著な違いは,磁気異方性に由来する保磁力注)であり,その発現には相対論効果である1電子スピン・軌道カップリングが本質的な役割を果たしていると考えられている。しかし十分な保磁力の発現には,主相結晶粒と粒界相からなる微細組織による非一様性が必須であり,その微視的メカニズムはいまだほとんど明らかになっていない。これまでの膨大な実験的な試みのいっぽう,理論研究に関してはこの微細組織による複雑性のため,ほぼ手付かずというのが現状である。

本研究科物理学専攻では,宮下精二教授らが統計物理学により磁気モーメントの反転に対する核生成理論を構築し,常行真司教授らが磁石材料以外の微細組織にも適用できる電子論の共通基盤を整備し,筆者らがスーパーコンピューター「京」を用い焼結磁石材料の微細組織界面に対する大規模第一原理計算を行っている。

注)
磁性材料の巨視的な磁気モーメントを消失させるのに必要な外部磁場の大きさであり,全体として磁気モーメントをもつ永久磁石状態の安定性の指標となる。