ナメクジウオ:脊索動物の生物学

ナメクジウオ:脊索動物の生物学

窪川 かおる(臨海実験所 特任教授)

ナメクジウオは,脊索動物門に分類される体長が最長で6 cmほどの海産動物で,脊椎動物への進化の過程を知る上で重要な動物である。温帯から亜寒帯にかけて,砂質の沿岸域海底に生息し,Branchiostoma,Epigonichthys,Asymmetron の3属があり,日本では3属4種が報告されている。体の基本形はよく似ているが,属によっては生殖腺が片側だけ,といった違いがある。研究には B. japonicum (従来の B. belcheri から変更)が用いられる。この種は,房総半島以南の太平洋沿岸,瀬戸内海,玄界灘,有明海,中洲干潟などの砂質海底や干潟に多数生息している。夏季の産卵時には,海底から数m泳ぎ上がって放精・放卵する。幼生は浮遊しながら約1か月で変態を完了して海底に降りる。

ナメクジウオによく似た脊索動物の化石として,5億3千万年前のカンブリア紀のバージェス頁岩化石生物群集で発見されたピカイアが知られている。ピカイアには脊索動物門の特徴,すなわち脊索がある。脊索動物は,一生のうちに必ず脊索をもつ時期があり,胎児初期に脊索をもつ脊椎動物もこの門に含まれる。ナメクジウオは脊索動物の中で最も早く分岐した動物群で,脊椎動物の進化の大イベントである背骨と脳の獲得,あるいはさまざまな器官・組織の形成や生体機能の起源をナメクジウオから推察できる。

2008年にフロリダナメクジウオの全ゲノムが公開され,機能をもつ遺伝子約21,600個はヒトの個数と近く,配列の類似性も高いこと,さらにヒト染色体との比較では脊索動物の祖先の基本型が17本に表れていることが示され,脊椎動物の原型の解明が進んだ。ナメクジウオの段階では,脊椎動物と共通する遺伝子の多くが単一遺伝子であり,おそらく生体機能のネットワークも脊椎動物より単純である。しかし,脊椎動物は,すべてのゲノムが4倍になる進化を経ているため,類似した構造の遺伝子が複数存在し,それらが作る複雑なネットワークが発生・分化や生体機能を制御している。そのため,ナメクジウオから脊椎動物の原型を明らかにすれば,脊椎動物の生体機能の進化を解明することにつながると期待されている。

臨海実験所でも稀に採集されるが,筆者のナメクジウオ研究は,生息地探索と生態調査から始まり,現在は遠州灘で採集した個体を臨海実験所で飼育し,高次生体機能,とくに内分泌機構,の進化の解明を目的として研究を進めている。