KMS条件

KMS条件

緒方 芳子(数理科学研究科 准教授)

Kubo-Martin-Schwinger(KMS)条件という物理学者の名前を冠した条件が,作用素環という数学の分野で,基本的な重要概念として定着している。ここで"Kubo"というのは本学でも教鞭をとられた,統計力学の大家,久保亮五先生のことである。本コラムではこのKMS条件についてお話ししよう。

大学に入って学ぶ講義として,熱力学と量子力学がある。熱力学は分子がたくさん集まってできた物理系の性質を記述し,量子力学は反対にミクロな系の性質を記述する。この,ミクロな力学とマクロな力学を結び付けるのが量子統計力学である。量子力学では物理量は演算子で与えられる。とくに重要なのが,エネルギーを表すハミルトニアンという演算子 で,統計力学で学ぶ,熱平衡状態を表すカノニカル分布では,物理量 の期待値は

は温度の逆数に比例)で与えられる。このような簡単な式で,ひじょうに多くの構成要素からなる物理系が記述できるのは驚きであるが,これはむしろ自由度が大きいこと,そしてわれわれが興味があるのがマクロな量だけである,(個々の分子の位置などは気にしていない)ということに起因する。

さて,物理量 について,

なる関数を考える。トレースの性質を使ってこの関数をいじってみると,それがある境界条件を満たすことがわかる。これがKubo-Martin-Schwinger条件である。この条件はR.ハーグ(R. Haag), N.M.フーゲンホルツ(N.M. Hugenholz), M.ウィニンク(M. Winnink)らにより熱平衡状態の数学的な定式化として採用された。

これと同時期に書かれた冨田稔のモジュラー理論の論文に,Haag, Hugenholz, Winninkの論文に現れる式がいくつも登場する。一方は物理的な興味をもとにし,一方は純粋に数学的なことをテーマとした論文であるのでこれは驚きである。この理由は後に竹崎正道により解明され,作用素環を用いた統計力学の解析に道が開かれることとなった。作用素環の冨田竹崎理論はさまざまなところで強力な武器となっている。

数理科学研究科では河東泰之教授が共形場理論の作用素環的側面についての研究を,筆者は作用素環を用いた量子系の平衡非平衡統計力学の研究をしている。