Tajima's D

Tajima's D

田嶋 文生(生物科学専攻 教授)

DNAレベルの種内変異(DNA多型)の量は,ふつうπまたはθという統計量をもちいて推定される。πは塩基多様度といわれ,DNA配列間の平均塩基相違数に基づいている。いっぽう,θはDNA配列中の多型的な塩基部位数に基づいている。理想集団(集団の個体数が一定であり,各個体がランダムに交配している集団)においては,突然変異に自然選択がはたらいていない場合(すなわち中立である場合),πとθの期待値は等しい。この2つの変異量の差をもちいて自然選択の有無を検定するための統計量がDである。

Dは,2つの変異量の差(Difference)に由来する。しかし,集団遺伝学では,Dといえば連鎖不平衡係数(Coefficient of Linkage Disequilibrium)や遺伝的距離(Genetic Distance)を示す。これらのDから区別するため,のちにTajimaʼs Dとよばれるようになった。

この統計量は,πとθの差に基づいているので,自然選択がはたらいていないとD = 0が期待される。したがって,Dが0から有意に異なっていると自然選択がはたらいていると予想される。さらに,遺伝的変異を積極的に維持する自然選択(平衡選択:超優性選択や頻度依存選択)がはたらいているとD > 0となり,有害突然変異を排除しようとする自然選択(純化選択)がはたらいているとD < 0となる。したがって,どのような自然選択がはたらいているか,予想できる。考え方がひじょうに簡単であり,またDNA多型を調べるだけで,Dが計算できるため,広く使われるようになった。

Dは本来自然選択の有無を知るための統計量であったが,現在では集団の特性を調べるためにもちいられてもいる。理想集団の要件の1つは集団の個体数が一定であることだが,実際のところ個体数は,環境などの影響により増減する。集団の個体数が増加するとD < 0となり,減少するとD > 0となる。すなわち,Dから過去におきた個体数の増減を推測できる。理想集団のもう1つの要件は,ランダムな交配である。集団構造(集団が複数の分集団に分かれており,分集団間の移住が制限されている状態)があると,(ある個体は同じ分集団に属する個体とは交配しやすいが,別の分集団に属する個体とは交配しにくいので)集団全体ではランダムに交配しているとはいえない。したがって,Dは集団構造の有無を調べるために利用できる。理学系研究科では,分集団化している集団において自然選択がはたらいているといった,Dの値に影響を与える要因が同時に複数ある場合について研究がなされている。