人工DNA

人工DNA

竹澤 悠典(化学専攻 助教)

"DNAにヒ素を含む細菌が発見された"というニュースが世間を賑わせたのは記憶に新しい。その後,続々と反論も寄せられた。このヒ素DNA騒動はさておき,"私たちのもつDNAと異なるタイプのDNAは存在するか"という疑問は,分野を問わず興味のそそられる話題である。ヒ素DNAの話題は生物内から未知のDNAを探す試みによるが,天然DNAに類似した「人工DNA」分子を化学的に合成してその機能を調べる研究は非常にさかんである。

遺伝情報の担い手であるDNAは, 4種類の核酸塩基(A,T,GおよびC)で構成され,それらが水素結合を介して2種類の塩基対(A-TおよびG-C)を形成することで,二重らせん構造をとっている。人工DNAの研究の中でも,この2種類の天然塩基対に加えて「第三の塩基対」を作り出す研究は,遺伝情報を飛躍的に拡張できる可能性からも多くの研究者の関心を集めてきた。1989年にベンナー(Steven A. Benner)らが報告したイソグアニン-イソシトシン塩基対を筆頭に,(1)水素結合の配置を変えた塩基対や,(2)水素結合を持たずに疎水性効果を利用した塩基対,(3)分子形状の相補性によりペアをつくる塩基対などが合成されてきた。相補的な塩基配列の認識やDNA二重鎖の安定化,そして酵素による複製反応など,DNA塩基対としての機能が詳細に調べられている。さらに最近では,バイオテクノロジーへの応用やDNAを用いたバイオ材料の開発へと,人工DNA研究は幅広い展開を見せている。

本研究科でも,生物化学専攻の横山茂之教授(当時)らが,酵素によるDNA複製反応(PCR)やRNAへの転写反応において高効率で機能する人工塩基対を開発した。また,化学専攻の塩谷光彦教授の研究室では,金属錯体を用いた機能性分子の創製を目指し,水素結合の代わりに金属配位結合で塩基対を形成する金属錯体型人工DNAを合成している。DNAらせん内部への金属イオンの配列化や,磁性や導電性といった物性の制御など,超分子化学や材料化学を視野に入れた人工DNAの探求をおこなっている。