特異点

特異点

石井 志保子(数理科学研究科 教授)

曲線や曲面上には滑らかな点もあれば,尖った点や交叉した点もある。たとえば曲線上の点で接線がただひとつしかないような点を滑らかな点(非特異点)とよび,接線がいくつもあるような点を特異点とよぶ。こうして厳然として存在する特異点は永らく数学のお荷物であった。この特異点のため色々不都合なことが起こるのだ。

この不都合を解消するために,特異点解消理論が登場した。広中平祐氏による業績(1960年代)で,特異点をある操作で滑らかなものに変換する理論である。特異点は,接線が一点にたくさん集中しているようなものだから接線をバラバラにするような操作(ブローアップ)をすればどの点も滑らかになるだろうという発想が成功を収めた。たとえば8の字型の曲線の交叉した点は特異点であるがこの点をブローアップすると,交叉した点は3次元空間の中で立体交差する滑らかな曲線になる。これにより特異点をもつ対象を調べるのに,特異点解消をした滑らかな対象を調べるという考え方で,特異点理論は発展してきた。

いっぽうで特異点には付随する弧空間という空間がある。特異点を通る弧(微小な曲線)をすべて集めた空間のことである。この弧空間が有限個のかたまりに分かれるのであるが,このかたまりと特異点解消に出てくる本質的な因子(特異点を爆発させたかけら)が1:1に対応するだろうという予想をジョン F. ナッシュ(John F. Nash)が提起した。弧空間という特異点そのものに付随するものと,特異点解消という人為的なものとが対応するだろうという予想は驚異的なものである。この予想は36年後の2003年に石井-J. コラー(J. Kollar)によって,トーリック特異点の場合は肯定的に,一般の場合は4次元以上で否定的に解かれた。その後,2次元では J. F. ボバディラ(J. F. Bobadilla)により肯定的に,つい最近,3次元ではT. ドウ フェルネ(T. De Fernex)により否定的に解かれ,一応の決着はついた。ではナッシュの予想が一般には正しくないとなれば弧空間のかたまりと対応する本質的因子はどんなものであろうか,というのが次なる疑問である。そのような中でJ. コラー氏はナッシュ予想のあるべき姿を主張するコラー予想を提起した。弧空間のかたまりと対応している因子は本質的な因子よりも強い条件をもつ,「ベリーエッセンシャル」な因子であろうというものだ。今ナッシュ問題の研究者はこの予想を新たな目標としているところである。