生体高分子のX線結晶構造解析

石谷 隆一郎(生物化学専攻 准教授)

構造生物学は,生体高分子(タンパク質,RNAなど)の分子機能をその分子構造から理解する学問である。この生体高分子の立体構造情報に立脚した構造生物学は, 今世紀における生命科学の大きな潮流のひとつとなっている。X線結晶構造解析は,この構造生物学で用いられる立体構造解析手法のうち,もっとも強力な手法のひとつである。

X線を物質に照射すると,その一部は原子核の周囲にある電子によって散乱される。とくに原子や分子が3次元的に並んだ結晶に照射すると,特定の方向のみに散乱されたX線が干渉し強めあう「回折」が起きる。この回折の起きる方向とその強さには,結晶の中の電子の分布についての情報が含まれている。すなわち回折X線を測定しコンピューターで解析することで,結晶中の電子の分布,さらには原子の配置を決定することができるわけである。以上のようにして分子の三次元構造を決定する方法がX線結晶構造解析法である。

X線結晶構造解析の歴史は,1895年のレントゲン(Wilhelm Röntgen)によるX線の発見にさかのぼる。さらに1912年にラウエ(Max von Laue)が閃亜鉛鉱の結晶によるX線回折現象を発見,翌年にはブラッグ父子(Henry Bragg, Lawrence Bragg)によりブラッグの法則が発見され,X線回折による構造解析の理論的な基礎が確立された。さらに20世紀中盤,X線回折を用いた生体高分子の研究が始まった。まず1953年,フランクリン(Rosalind Franklin)によりDNAのX線回折像測定が行われ,二重螺旋構造解明に重要な貢献をした。次に,1958年ペルーツ(Max Perutz)らによりミオグロビンのX線結晶構造解析が行われた。人類初のタンパク質立体構造決定である。そして今日までさまざまな生体高分子の構造が決定されてきたが,そのうちとくに重要な業績に対してはノーベル化学賞が贈られている。最近の例では,カリウムチャネル(2003年),RNAポリメラーゼ(2006年),リボソーム(2009年)の構造決定などが挙げられる。今日では,シンクロトロン放射光やコンピューターの進歩により,より複雑かつ巨大なタンパク質,結晶化が困難な膜タンパク質にも適用可能となってきた。2012年現在,8万以上の立体構造がデータベース(Protein Data Bank)に登録されている。

本研究科では,おもに筆者の研究室にて,X線結晶構造解析,さらには構造に基づいた機能解析や計算機シミュレーションを行うことで,細胞膜を介して物質を輸送する膜タンパク質,遺伝子の翻訳などに関わる非コードRNAとそれに関わるタンパク質,慢性炎症やがんに関わるタンパク質などについて研究を進めている。最近の研究成果としては,がんの悪性化にかかわる酵素「オートタキシン」や,膜タンパク質である光駆動型イオンチャネル「チャネルロドプシン」の構造機能解析が挙げられる。