励起子

吉岡 孝高(物理学専攻 助教)

光を吸収した半導体中には,伝導電子とその抜け穴である正孔が生成される。電子は負,正孔は正の電荷をもつため,これらはクーロン相互作用により互いに引きつけ合い,水素原子と類似した系となる。すなわち光によって,中性で軽い擬似的な粒子をつくることができると考えて良い。この粒子が励起子とよばれる状態であり,日本人研究者によって発見された,いわゆる光物性分野における主要な概念のひとつである。

励起子は,光に対する物質の応答に大きな影響を与える。これまでに,励起子を使って光を敏感に制御する可能性が探られてきた。いっぽう,光でこの擬粒子の集団を生成すると,それらは量子力学に従う多粒子系として,新しい物質相を示す可能性がある。励起子は上記の二個のフェルミ粒子の束縛対であって,ボース粒子であると考えられる。したがって励起子の集団を,量子統計性(ボソンかフェルミオンか)が顕著となる低温かつ高い密度で生成できれば,それらの並進運動エネルギーの分布は,ボース粒子を特徴づける,ボース・アインシュタイン分布に従うはずである。さらに,ある限度を越えて高い密度の励起子を生成すると,量子力学的な相転移であるボース・アインシュタイン凝縮(BEC; 理学部ニュース2009年5月号「理学のキーワード第19回」参照)が起きると期待される。そこで,BECの徴候が見られないか,そして励起子のBECが示す物性とはいかなるものか, 50年も前から探求が続いてきた。

励起子は多くの場合,光で生成された直後は高い並進の運動エネルギーをもっている。しかし半導体結晶が低温であれば,励起子は結晶の格子振動(フォノン)との相互作用を通じて次第に冷却されてゆく。寿命がとくに長い励起子系であれば,励起子の集団を,結晶とほぼ同じ低温にまで冷却することが可能である。この点で,亜酸化銅とよばれる半導体に形成される,例外的に寿命の長い励起子が注目されている。五神研究室では,先端的なレーザー分光技術と低温技術を駆使して,高い密度で冷却された励起子をつくりだすことに成功し,励起子BECの傍証を得ることができている(理学部ニュース2011年9月号「研究ニュース」参照)。