代謝,メタボローム

有田 正規(生物化学専攻 准教授)

代謝とは細胞内における物質生産やエネルギー生成をつかさどる物理化学反応の総称で,一般に新陳代謝とよばれるプロセスと同じである。 代謝によって生成・消費される物質を代謝物とよぶ。メタボローム(metabolome)とは「代謝物の総体」という意味で,メタボリズム(metabolism)という英語表記と総体を意味する接尾辞のオーム(ome)からなる造語である。 また,代謝物の総体をそれらの生成・消費・化学変化を含めて研究する学問がメタボロミクス(metabolomics)である。 定義からはDNAなどの核酸やタンパク質もすべてメタボロームに含まれるが,それぞれゲノム(gene + ome),プロテオーム(protein + ome)とよばれている。 メタボロームという場合,通常はペプチドより小さい分子(分子量 50 ~ 1000),例えば糖・有機酸・核酸・脂質などを対象とする。

代謝の研究は古くて新しい。酵素やDNAの正体が明らかになったのは20世紀に入ってからだが,アミノ酸のアスパラギン酸がアスパラガスから抽出されたのは1806年である。 その後,天然物化学や薬学において多くの代謝物が発見・研究された。1930年代以降,細胞内物質の生成・消費プロセスが精力的に調べられ,現在は3000を超える酵素反応のパターンや,その生化学ネットワークが知られている。 それにもかかわらず,細胞内にどのような代謝物がどれだけあるのかは,大腸菌においてすら分かっていない。 個々のバクテリアが3000程度,植物界全体で20万種類などと適当な憶測もされているが,代謝物の数え方すら統一されていないのが実情である。

ゲノムやプロテオームはそれぞれ核酸,アミノ酸という決まった構造のポリマーを扱う学問だが,メタボロームは物理化学的性質が様々に異なる対象を扱う。 そのため,単一の測定機器や手法で全体像を把握できない。 最近は,細胞内の代謝物をできるだけ幅広く正確に測定する機器開発と,複数の測定機器による計測結果を統合する技術開発が注目されている。 筆者の研究室では,データベース構築を含め代謝物の同定技術を研究テーマにしている。 同定できる代謝物数は現在数百に過ぎないが,これを数千にスケールアップできれば,ゲノム・プロテオーム情報と並んで生命現象を解明するための情報基盤になるだろう。