高調波

酒井 広文(物理学専攻 准教授)

振動現象の基本振動数 ω をもつ成分に対し,その整数倍の振動数 n は2以上の整数)をもつ成分を「高調波」とよぶ(ここでは簡単のため角振動数 ω を単に振動数とよぶ)。 また,基本振動数 ω をもつ成分を基本波とよび,振動数 をもつ成分を第 n 高調波とよぶ。 周期性をもつ任意の振動波形は基本波とすべての高調波成分を含むフーリエ級数展開で表すことができ,その係数はフーリエ解析の手続きにより決定される。 非線形特性をもつ電子回路に正弦波信号を入力すると,その振動数の高調波成分を含む歪み波が発生する。 音の場合はとくに,基本波を基本音,第 n 高調波を n 倍音とよび,2倍の振動数までの範囲をオクターブとよぶ。 楽器が奏でる音(楽音)が楽器ごとに異なる音色をもつのは楽器ごとに倍音の含まれ方が異なるためである。

いっぽう,光の高調波は1960年にルビーレーザーが発明された翌年にルビーレーザー光を集光した水晶中からの第2高調波の発生が報告され,1967年には希ガス中からの第3高調波の発生も報告された。 とくに注目すべき現象は,超短パルス高強度レーザー光を気体原子や分子に照射したときに観測される,元のレーザー光の波長の数十分の一から数百分の一(反転対称性をもつ媒質中では奇数分の一)の波長をもつ「高次高調波」の発生である。 高次高調波発生は,高強度レーザー電場と原子分子との相互作用に特有な高次の非線形光学効果のひとつであり,高調波強度がほとんど変化しない広いプラトー領域を伴うことを特徴とする。 高次高調波の研究の歴史は1987年まで遡り,当初は高次高調波発生の物理過程の解明と元のレーザー光と同等以上のコヒーレンス(光の位相が揃った可干渉性のよい性質)を有する波長可変コヒーレント極端紫外~軟X線光源開発を目指した研究が進められた。 1993年には高次高調波の発生メカニズムを説明する3ステップモデル(理学のキーワード第23回「3ステップモデル」参照)が提案された。 また,高次高調波の波長は水中の生体分子のX線イメージングを可能とする「水の窓」領域(2.3 nm ~ 4.4 nm)に達している。

21世紀に入り,高次高調波に関する研究は大きく分けて二つの潮流となりますます盛んになっている。 ひとつはアト秒パルス(1アト秒=10–18 秒)の発生(理学のキーワード第32回「アト秒パルス」参照)とその応用である。 アト秒パルスの発生は,波長が短く(たとえば波長 30 nm の光の1周期が 100 アト秒 である)広いバンド幅(超短パルスの発生にはそのパルス幅の逆数程度の広いバンド幅が必要である)を利用できる高次高調波を用いる研究が主流となっており,最近 77 アト秒パルスの発生が報告された。 もうひとつの潮流は,配列あるいは配向した気体分子中から発生する高次高調波の観測から分子の構造と超高速ダイナミクスを明らかにする研究である。 筆者の研究室では,気体分子の配列・配向制御技術の高度化を進めるとともに,後者に関する研究を進めている。