リー群の離散部分群

金井 雅彦(数理科学研究科 教授)

代数構造と幾何構造,これらを共に有するのがリー群である — 少々乱暴な言い方をすればこうなろう。 最も簡単な例はユークリッド空間 である。とくに n = 1 の時には直線,n = 2 の時には平面に他ならない。 ユークリッド空間はもちろん幾何学の対象である。いっぽう, の要素(点)は n 個の実数の組,すなわち n 次元ベクトルであり,そのふたつの要素に対し和が定義される。 これが の代数構造である。より面白い例として,行列群が挙げられる。 たとえば,行列式の値が 1 の実 n 次正方行列全部の集合 はリー群である(代数構造としては行列の積をとる)。 物理にもしばしば登場するリー群であるが,その最大の強みは微積分を利用して代数構造を記述できる点にある(それを可能たらしめるのは結局のところ幾何構造である)。

次にリー群の離散部分群について,例をとり説明しよう。 ユークリッド空間 の要素であってその座標が整数であるものの集合を と書く。 和に関しは閉じている。このようなものを部分群という。 とくに,n = 1, 2 の場合には の中に図示することも可能である。 部分群 の中に離散的に分布している様子が見てとれよう。 このようにリー群の中に離散的に分布している部分群を離散部分群とよぶ。 行列式の値が 1 であり,しかも成分がすべて整数であるような行列の集合 は, の離散部分群である。

リー群の離散部分群であって,リー群全体に「一様」に分布しているものを,特に格子とよぶ。 代数学に限らず,幾何学,力学系理論など,それが関わる分野は数多い。 1960年前後から格子に対する研究が活発に行われるようになり,その後わずか十年少々の間にそれに対する理解は飛躍的に増大した。 20世紀数学の中でも最も華々しい出来事のひとつではなかろうか。 当時得られた特に重要な成果のひとつが,G. D. モストウ(George Daniel Mostow)の強剛性定理である。 などの非コンパクト半単純リー群はその格子で完全に決定されることを(妥当な仮定のもと)強剛性定理は主張する。 離散が連続を統制できることを保証するのがモストウの定理であると解釈することもできる。