アト秒パルス

沖野 友哉(化学専攻 助教)

化学反応を誘起するのは,電子の運動である。たとえば,水素原子の基底状態において,電子が周回運動をするのに要する時間は約150アト秒(1アト秒=10–18秒)であり,これは,光でさえも, 45ナノメートルしか進むことのできないきわめて短い時間である。 この分子振動(10~100フェムト秒)などよりもはるかに早い電子の運動をストロボ写真として観測するには,アト秒の時間分解能を有するパルスの発生が必要となる。 アト秒パルスは,分子内の電子分布の変化を実時間で追跡し,化学反応を電子分布の変化から理解するための光源として,期待されている。

アト秒パルスは高次高調波発生過程(基本波の n 分の1の真空紫外から軟X線領域の短波長の光が発生する過程)を用いて発生される。 その発生原理は, 1993年に提案された,3ステップモデルに基づいている(理学のキーワード第23回「3ステップモデル」参照)。 1995年に,このモデルを用いて,アト秒パルスが発生できることが示され, 2001年に,初めてアト秒のパルスの発生が実験的に確認された。 現在では,レーザー技術の進展により電場振幅の最大値が1か所となるように光の位相を固定した数サイクルフェムト秒レーザーパルスを用いて,最短で80アト秒の単一アト秒パルスが発生されている。

アト秒パルスを用いた応用研究については,始まったばかりであるが,これまでにいくつか報告されている。 最近の研究としては,ネオン原子を光子エネルギー約 100 eV の100アト秒パルスで励起し,2s軌道と2p軌道からの光電子放出に20アト秒程度の時間差があることが突き止められている。

しかし,これまでのところ,分子内の化学反応を,アト秒パルスを用いてポンプ・プローブ追跡することは実現していない。 これは,アト秒パルスの発生効率が低いことから,ポンプ・プローブ計測を行うために十分な強度のアト秒パルスが得られていないことによる。

化学専攻の山内研究室では,上記の問題点を克服する高繰り返し高強度単一アト秒パルスを発生し,強いレーザー電場中での化学反応を実時間で追跡するための装置開発を行っている。 特に,強レーザー場中できわめて速く動く炭化水素分子中の水素原子(プロトン)の運動を,アト秒パルスを用いて高精度で実時間追跡することを目指している。