臨界温度と秩序パラメータ

内田 慎一(物理学専攻 教授)

臨界温度という言葉は,気体がどんなに圧力を加えても液体にならない超臨界流体状態になる温度という意味でも使われるが,物質が相転移によりその形態(相)が変化する温度,相転移温度,として物理,化学の分野では広く使われている。 多くの場合,臨界温度以下の温度では,物質を構成する原子,分子あるいは電子が秩序をもった相を形成する。 たとえば,原子が規則的に整列する固体,電子のスピン磁気モーメントの向きが揃う強磁性が典型である。 また,多数の粒子の波動関数の位相が揃う,ヘリウム原子の超流動や電子が抵抗を受けずに流れる超伝導も秩序相の例である。

このような秩序相では,エントロピーがゼロであり,多くの場合,対称性の破れが起こっている。 強磁性では特別な向きにスピンが揃うために空間回転の対称性が破れており,超流動や超伝導では位相が特定の値に固定されることで「ゲージ対称性」といわれる対称性の破れが起こっている。 一般に,膨大な数の原子などにより形成される物質では,対称性が破れた方が系のエネルギー(熱力学の内部エネルギー)が秩序のない状態に比べ低くなるからである。 このエネルギーは秩序の安定化エネルギーである。秩序相の科学的,定量的な記述のために導入されるのが秩序パラメータという物理量である。 強磁性では物質内部に発生する磁化の大きさ,超伝導では電子対(クーパー対とよばれる)の束縛エネルギーなどが秩序パラメータとなる。 秩序パラメータは,磁化のように必ずしもエネルギーの次元をもたないこともあるが,秩序相の安定化エネルギーの尺度ともなる。 物質の温度を上昇させると秩序が徐々に乱れ,乱れの尺度であるエントロピーが増大する。 同時に,秩序の安定化エネルギーも減少する。 この結果,秩序パラメータが小さくなり,ある温度でゼロになってしまう。 この温度が臨界温度である。

臨界温度Tc の高さは強磁性や超伝導の応用上,重要なパラメータである。たとえば,超伝導のTc の最高値は,銅酸化物の絶対温度135 Kであるが,Tc が常温を超える超伝導物質が発見されれば,そのインパクトは巨大であろう。Tc を高くするには,安定化エネルギーを大きくし,エントロピーの増大速度を抑えればよい。しかしながら,超伝導のTc を理論的に予測し,それを上昇させる方策を示すことはきわめて難しい。膨大な数の電子同士のクーロン相互作用をはじめとして,結晶構造などの物質の微妙な状況がTc に影響を与えるからである。理学系研究科の多数の研究室が,相転移・秩序パラメータに関する研究を行っている。物性だけではなく,宇宙・素粒子の分野では真空の相転移として,また,生体の自己組織化も一種の秩序・相転移として理解される。超伝導のTc を上げる努力は,物理学専攻の青木研,小形研が理論的に,内田研が実験的に続けている。