土壌中の汚染物質の拡散の数理と予測

山本 昌宏(数理科学研究科 教授)

図1

従来モデルと現実の比較。従来モデルの計算結果(中)は,実測結果(下)を説明し切れていない。

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福島第一原子力発電所の施設の復旧は現場の方々の懸命な努力によるが,いっぽうで中長期的に環境に与える影響を評価・予測することが重要になっている。 課題のひとつは,汚染物質が土壌中でどのように拡散してゆくかを予測することである。 拡散の単純な例として,コップの中の水に汚染物質と見立てたインクを垂らした場合には,インクは水中を一様に拡がってゆき,その時間変化は,インク粒子が無作為(ランダム)に移動すると考えたとき,拡散方程式と言われる理論式で記述できる。 水の流れがある場合にも,その効果を考慮した移流拡散方程式でうまくモデル化することができ,予測のための理論と方法はよく確立されている。

ところが水を土壌に置き換えると,拡がりを予測することは一般論として複雑になる。 その理由は,水と異なり土壌では,さまざまな大きさの粒子が,ある場所ではびっしりつまっていたり,別の場所ではスカスカであったりという不均質性があることや,地下水によって流れていくためである。 すると汚染物質は,あるところでは停留したり,別のところではスルスルと移動したりする。 その結果,移動する物質の粒子が次に現れる位置が,確率的に無作為には決まらなくなる。 このような場合は図に示すように,通常の拡散方程式などを用いた単純な予測値に比べて,想定外の場所で(放射性とは限らないが)物質の濃度が高くなることが知られている。

より的確な予測のためには,適切なモデルが必要であり,連続時間ランダムウォークや非整数階の微分(理学のキーワード2010年7月号)を用いた「異常拡散方程式」などのモデルが提案されている。 またコンピュータを用いた数値計算が必要であるが,広い範囲をカバーしなくてはいけないため,膨大な量の数値計算が必要になり,実用的でない可能性もある。 計算精度を犠牲にせず計算量を節約できる方法の研究と並んで,不均質な媒質中の拡散をより適切に表す方程式の研究が進められており,一層の安心・安全を保障するような予測に結び付けることができると期待されている。 既存の方法にとらわれない方法の開発のために,筆者は国内外の工学や産業界の研究者とともに,理論‐実験‐現場というそれぞれの立場を生かして研究にあたっている。