放射線の生物影響

三谷 啓志(新領域創成科学研究科 教授,生物科学専攻 兼任)

放射線が物質に入射すると,構成原子を電離したり,分子を破壊したりする。このため放射線は生体にも影響を及ぼすが,その現われ方は放射線の線量で異なる。高い線量を被曝した場合には,被曝した部位の幹細胞(さまざまな組織の細胞を生産するもとの細胞)が死滅するため,被曝から一定期間の後に,脱毛,血液細胞数の減少,皮膚炎症などの急性障害が現れる。低い線量の被曝では急性障害は現れないが,細胞内の遺伝子を構成するDNA分子が放射線で損傷するため,集積線量が増えるにつれ遺伝子の突然変異率が増加し,結果として,細胞のがん化の確率や遺伝病の発症頻度が上昇する。ただし生体では,活性酸素(代謝などで酸素が高い反応性をもつようになったもの),太陽光紫外線,化学物質など他の原因によってもDNAの損傷が誘発されており,症例を見ただけでは,原因が放射線かそれ以外かを区別することは難しい。

生体では,放射線やそれ以外の要因によるDNAの損傷を解消するため,以下の3種類の防護機構が巧みに協調して働いている。

  1. DNA修復:DNA分子が切れるなどの損傷を,酵素などの働きにより,もとの状態に復元するための,さまざまな生体機構。
  2. 細胞周期の制御:DNA損傷が修復されるまで,細胞分裂などの細胞周期を一時停止させる機構。
  3. アポトーシス:DNA損傷をもつ細胞が,生体への悪影響を抑えるべく,自ら積極的に死ぬ機構。周りの細胞はその内容物を取り込んで再利用する。

これらの防御機構に関わる生体分子の多くは,大腸菌からヒトまで機能的に保存されている。とくに細胞あたりのDNA量が多い哺乳類細胞では,DNA分子の損傷を回避する高度な機構が進化の過程で獲得されており,放射線による損傷に対してもそれらが有効に機能している。すなわち生体は,放射線に対する防御機構をもち合わせているのである。

動物生殖システム分野(新領域・先端生命科学専攻)では,DNA損傷の回避機構に欠損をもつ変異体メダカに放射線を照射することで,上記の3つの機構が,組織幹細胞の増殖分化の制御や突然変異の生成機構に,どのように関わっているかを研究している。