生態系における濃縮(生物濃縮)

永田 俊(大気海洋研究所 教授,生物科学専攻 兼任)

生物は外界からある物質を取り込み,同時にそれを体外に排出している。 この取り込みと排出が釣り合って,体内での物質の濃度が安定した状態にある時,生体内でのその物質の濃度が外界での値の何倍になっているのかを表したのが生物濃縮係数(CF)である。

海洋の放射性物質の場合,海水中の放射性核種の濃度に対する,生物体に含まれる放射性核種の濃度の比がこれにあたる。 国際原子力機関は,海産のプランクトン,海藻類,甲殻類,軟体動物,魚類,一部の哺乳類などについてCF値をまとめているが,それによると,放射性核種や生物種,また同じ生物種でも組織・器官,成長段階,さまざまな環境条件によってCF値は大きく異なる。 放射性セシウムの場合,海藻と甲殻類の平均的なCF値は50,魚類では100とされている。 いっぽう,放射性ヨウ素の場合,海藻のCF値が1万,甲殻類と魚類が10以下とされている。 残留性有機汚染物質(PCBなど)では,甲殻類や魚類におけるCF値として数万~十万という値が報告されているが,これと比べると,放射性核種のCF値は一般に2~3桁小さい。

汚染物質が濃縮するプロセスのうち,特に食物連鎖を介しての濃縮をバイオマグニフィケーションとよぶ。 海洋では植物プランクトンを出発点とし,それが動物プランクトン,小型魚,大型魚へとつながる食物連鎖が存在する。 いま,ある餌に含まれる放射性核種の濃度に対して,その餌を食べる捕食者の放射性核種の濃度が高くなれば,バイオマグニフィケーションが起きたと判断される。 放射性セシウム(半減期30年)では,小型魚において,餌に対して2倍程度の濃縮が起こるという報告がある。 ただし,大型魚や海産哺乳類など食物連鎖の上位の生物で濃縮が起こるかどうかはよく分かっていない。 放射性ヨウ素(半減期8日)では,食物連鎖を通過する間に放射能が大幅に減衰するため,バイオマグニフィケーションによって上位の生物に放射能の蓄積が起こるとは考えにくい。 海が放射性物質で汚染された場合,さまざまな水産資源に放射能がどう蓄積するかを見積もるには,生態系における各種の放射性核種の挙動や生物濃縮をきちんと評価する必要がある。