セシウム137およびヨウ素131の環境化学

小橋 浅哉(化学専攻 准教授)

ウラン235やプルトニウム239(239Pu)が中性子を吸収して核分裂すると,さまざまな核分裂生成物が作られる。 その代表が,今回の福島第一原子力発電所の事故で放出されたセシウム137(137Cs)やヨウ素131(131I )であり,137Csは半減期30.1年,131I は半減期8.02日でβ崩壊し,そのさいγ線を放出する。 原発事故や核実験で放射性物質が環境にどう放出され,どう広がるかは,その化学的性質によって決まる。 137Csおよび131I は,ともに揮発性が高い元素の同位体であるため大気中に放出されやすい。

歴史的には,広島と長崎に原子爆弾が投下された1945年の暮れ,本学部化学科の木村健二郎教授の研究室で,両市で採取された試料に核分裂生成物が含まれていることが見出されている。 1951年には,長崎の試料から137Csの存在が確認された。 1999年に発生したJCO臨界事故のさいには,農作物などから131I が検出された。 第二次大戦後には,大気圏内核実験が繰り返された結果,環境中に放射性物質が大量に放出され,地球規模の放射能汚染を起こした。 放出された放射性物質のうち気体でないものは降雨などにより地表に落下し,フォールアウト(放射性降下物)とよばれる。 その量は,1960年代前半が最大であった。 筆者はこの時期,小学生から中学生で,放射能の注意を受けることもなく,雨の中を濡れて帰宅したこともあった。 農業環境技術研究所が日本各地で調査した結果によると,1963年における水田土壌中の137Csの濃度は,最大 100 Bq/kg,平均 38.9 Bq/kg であった。 137Csは半減期が長いので,ストロンチウム90(90Sr,半減期28.8年)とともに現在でも環境中に残ってはいるが,当時の濃度の2割程度にまで減少している。

今回の原発事故でも131I や137Csが放出された。 131I は単体ヨウ素,有機形ヨウ素やエアロゾルの形で,137Csはエアロゾルの形で大気中を移動すると考えられる。 福島県飯舘村では137Csが降下した結果,土壌中の濃度が10,000 Bq/kg を超える水田があるようだ。 チェルノブイリ事故では,原子炉が大きく破壊されたので,人体にひじょうに有害な90Srや239Puも相当な量が環境に放出されたが,福島事故では,揮発しにくい90Srや239Puは(本稿の執筆時点で)大気中にはほとんど放出されていない。

放射性物質の挙動は,それらの化学的性質で決まるので,たとえば食品や人体の中で放射性核種131I は,放射線を出さない通常のヨウ素127(127I )と同じ挙動をする。 他方で放射能そのものは,化学物質ではなく原子核に付随する性質なので,放射性物質を煮たり焼いたり,あるいは化学処理したりしたとき,放射能を担う化学物質の形態は変わりうるが,放射能は無くならない。

本研究科の化学専攻RI研究室では筆者が,紙類に含まれる137Csの研究を行なっている。 これは樹木がフォールアウトの137Csを取り込み,その後に木材となり,さらに紙となる過程での137Csの挙動を考察するものである。