理学部紹介冊子
金星のスーパーローテーション
赤道地方を含む広い範囲で惑星の自転と同じ方向の風が吹くことをスーパーローテーションという。 地球のとなりの惑星,金星がよく知られている例であろう。 地球の中緯度地域の上空にも自転と同じ方向に風が吹いているが,これは赤道地方の大気が角運動量を保持したまま高緯度側に移動し,自転軸までの距離が縮まるために回転が速くなると考えればよい。 しかし金星のスーパーローテーションはそうはいかない。
金星の自転は地球とは逆向きで,周期243地球日というゆっくりとしたものである。 この金星で,赤道から高緯度まであまねく自転方向の風が吹き,硫酸の雲が浮かぶ高度 60 kmあたりでは時速 400 kmに達する。 これは自転速度の60倍に相当し,角運動量の保存では説明できない。 土星の衛星タイタンでも似たような風が吹いていることが判明しつつある。 どうやらスーパーローテーションは,地球の中緯度地域の風と並ぶ,惑星の風の基本型のひとつであるらしい。 スーパーローテーションの問題は,地球ではなぜスーパーローテーションではなく今われわれが見るようなパターンが選択されているのかという,地球気象学の問題でもある。
このしくみを解き明かすことは気象学者の50年来の夢であり,数多の仮説が提案されてきた。 ハドレー循環という,赤道域で上昇し中高緯度で下降する大規模な流れに注目する理論が長らく有力視されてきたが,最近は旗色が悪い。 代わって期待大なのが,雲層が太陽光で周期的に加熱されることで励起される波動に注目する理論で,本研究科地球惑星科学専攻の高木征弘助教が研究をリードしている。 いっぽう,新たな観測で謎に迫ろうとするのが金星気象衛星「あかつき」であり,この衛星計画には高木助教とともに同専攻の岩上直幹准教授と筆者が参加している。
「あかつき」は2010年12月に予定されていた金星周回軌道への投入に失敗し,数年後に再び金星に会合することを目指して太陽の周りを公転している。 「あかつき」のつまずきによりスーパーローテーションの解明は少し先延ばしになったかもしれない。