理学部紹介冊子
スピントロニクス
エレクトロニクスは電流や電圧を信号・情報として利用する技術で,電流,電圧は電子のもつ「電荷」から生じるものであるが,電子は電荷のほかに内部自由度である「スピン」をもっている。 スピンは微小な磁気モーメントとして振る舞うため,スピンの向きも信号・情報として利用できるはずである。 電荷だけでなくスピンも利用したエレクトロニクスをスピン・エレクトロニクス,あるいはスピントロニクスとよぶ。 近年,実際にスピンを利用した電子デバイスが多く提案,試作され,スピントロニクスは次世代エレクトロニクスの候補として注目を集めている。
現在のスピントロニクス研究の源流のひとつは,磁性金属超格子における巨大磁気抵抗効果の発見である。 超格子の電気抵抗が磁場で大きく変化することがグリュンベルグ(P. Gruenberg)とフェール(A. Fert)により発見され,この2人に1995年のノーベル賞が与えられた。 現在,磁気ディスクの読み取りヘッドは,巨大磁気抵抗効果を利用して,磁化として記録された情報を電気的に読み出している。
半導体を用いたスピントロニクスは,非磁性の半導体に磁性をもつ遷移金属イオンを希薄にドープした「希薄磁性半導体」の研究に端を発する。 80年代末から90年代初頭にかけて,ガリウムヒ素などの半導体にマンガンをドープした希薄磁性半導体が強磁性を示すことが日本の研究者によって発見され,半導体スピントロニクスが新しい学問分野として一気に開花した。
最近の新しい展開として,非磁性物質におけるスピンの振る舞いが興味を集めている。 磁性イオンも,強磁性体も,磁場もなくても,電子は運動すればスピン-軌道相互作用により「有効磁場」を感じ,上向きスピンの電子と下向きスピンの電子は逆方向の力を受ける。 このため,電流を流すと電流とは垂直方向に,電荷の流れを伴わない「スピン流」が生じ,これはスピンホール効果とよばれている。 スピン流やスピン-軌道相互作用に起因する物理の研究はここ数年,トポロジカル絶縁体の研究,スピン熱電効果の研究なども含めて急速に発展しており,理解がどんどん深まっているとともに,スピントロニクスへの応用が検討されている。
理学系研究科においては,希薄磁性半導体の開発を化学専攻の長谷川研究室が,その放射光分光を物理学専攻の藤森研究室が行っており,室温で強磁性を示す新しい物質の合成とキャラクタリゼーションが進行している。