3ステップモデル

加藤 毅(化学専攻 准教授)

一般に「nステップモデル」は物理化学的な素過程を記述・把握するため,さまざまな分野でそれぞれ固有の意味合いをもって発展・淘汰されてきていると思う。ここで取り上げる「3ステップモデル」とは,「強光子場科学」の分野で1993年頃に提唱されたものである。

現在では,実験室で発生されるレーザー光の強度(~1014 W/cm2,近赤外波長~800 nm)が,物質を安定な状態に保つ荷電粒子間のクーロン力の大きさ(~3.5×1016 W/cm2)を凌駕しつつある。このような強い光を物質に照射すると,レーザーの周波数 Ω に対して,原子や分子の集団から周波数 (2n+1)Ω (n≫1) の高次高調波が発生する(HHG)。物質に光を照射すると,再放出が起きる現象は広く知られており,散乱などの過程が働くなら,放出光は入射光に近い波長をもつ場合が多い。ところが,強いレーザー光を物質に照射すると,はるかに短波長の軟X線が発生するのである(n=25とした場合,発生する光の波長は約16 nm)。この現象を古典的な電子運動のイメージで説明するのが「3ステップモデル」である。

3ステップモデルによれば,まず,強い光の電場の影響で,電子の感じるポテンシャル曲面が平衡構造のものから大きく変形する。すると,(1)分子に束縛されている電子は,トンネル効果によって核引力ポテンシャルの束縛から逃れることができる(イオン化)。(2)イオン化電子は光の電場によって加速され,親イオンから遠ざかるが,光の電場が交番電場であるために,光の半周期内には親イオンに向かって加速される。(3)運動エネルギーを獲得した電子の親イオンへの衝突。再衝突する電子のもつ最大運動エネルギーを計算すると, 3.2Up と求められる(Up は交番電場中での電子の振動運動の平均エネルギー)。この運動エネルギーが親イオンとの再結合過程で光として解放されるものと考えると,光子エネルギーは Ip +3.2Up となる(Ip はイオン化ポテンシャル)。実際,この値は実験的に観測される高調波の最短波長をよく説明する。

3ステップモデルの延長線上に「分子軌道トモグラフィー」の発展がある。HHGの強度分布などを解析することで,イオン化した電子が元いた場所,すなわち分子軌道を再構成できるという。いっぽう,強光子場中の炭化水素分子においては,分子内の水素原子の分布が電子と同様に分子全体に広がってしまうことが,本研究科化学専攻山内教授らの実験研究から明らかになりつつある。「3ステップモデル」という考え方を超えて,強い光と物質との相互作用の本質をとらえた,より適切な概念を提出することが求められているように思われる。