月の海

加藤 學(宇宙航空研究開発機構 教授,地球惑星科学専攻 兼任)

月表面の暗い部分を海(マーレ,mare),明るい部分を高地(テラ,terrae)とよんだのは,紀元1世紀頃のギリシャ人たちだといわれている。海は月全表面積の約35%を占めているが,裏側では5%以下である。ガリレオが17世紀に望遠鏡を使って観測して海は平らであり,高地は起伏に富んでいると著書で述べている。アポロ計画で月に人間を安全に降ろすために行った先行計画で,月の探査機による近接観測が始まった。アポロ計画で地球にもち帰られた岩石試料から,海は玄武岩でできていることがわかった。溶岩(マグマ)が固まったものであり,地球上でみられるものと大きな差はない。黒くみえるのは2価の鉄によるものである。

海はクレータ盆地に溶岩が噴出して窪みを埋めたもので,表側ではその噴出が35~25億年前に活発であったが,10億年前くらいまでも続いた。海の表面をよく見るとまだら模様であったり,クレータの数密度が同じ海でも領域ごとに異なったりしているのがわかる。噴出した時期が複数回に及んでいることやその時の溶岩の組成が異なっていることを示している。

では,その海の厚みはどんなものであるか。推定方法はさまざまであるが,実測値といえるものはまだない。月のクレータの直径と深さの関係はおおよそわかっているので,溶岩を満々と湛えている海の深さは形状から推測できる。また,重い溶岩がクレータを満たしたことによってクレータ底中心部に圧縮,周縁部に伸展が生じ,応力の集中した場所に直線的な盛り上がり(リッジ)や割れ目(リル)が生じている。その分布から重い溶岩の量(海の深さ)を推測する方法がある。表側の中心付近に見られる直径700 kmの晴れの海では周縁部で1 km,中心部で6から8 kmと見積もられている。月の溶岩の研究もアポロ計画以来活発になったものではあるが,まだ月の表側の表面が調査されたのみで裏側の海や地下の調査は始まったばかりである。裏側の最大の海であるモスクワの海の形成は「かぐや」の観測により35~25億年前まで続いたこと,この海の下の地殻の厚みがきわめて薄く,マントルがせり上がって来ていることもわかった。

筆者や新領域創成科学研究科の杉田精司教授らのグループが実施した月探査機「かぐや」の観測により,新しい事実やサイエンスが明らかになってきている。