赤方偏移

土居 守(天文学教育研究センター 教授)

赤方偏移は,光の波長が伸びて観測される現象を指す。天体現象において赤方偏移を生じる状況は3つに分けられる。第一には天体がわれわれから遠ざかる運動をする場合に,音の場合のドップラー効果と同様に,光の波長が長くなる現象である。天体が近づく場合には波長が短くなり青方偏移となる。第二には宇宙論的な赤方偏移で,宇宙膨張のため,光が飛ぶ間に空間が伸び,波長が伸びて観測される。第三に,強い重力場をもつ天体からの光は,重力ポテンシャルを脱出するさいにエネルギーを失い赤方偏移を生じる。ここで「光」と表現をしているが,実際には電磁波に共通の現象で,相対性理論で理解できる。

宇宙論的な赤方偏移は,遠方の天体の距離を表すことにしばしば用いられる。宇宙論的赤方偏移がzのとき,光の波長は(1+z)倍となる。たとえば赤方偏移が1であれば,光が天体を出てわれわれに届くまでに波長が1+1 = 2倍伸びている。標準的な宇宙モデルによると,赤方偏移が1の天体から出た光は,約75億年間飛んでわれわれに達するため,距離は約75億光年となる。

人類の知る限りでもっとも最も遠くから届いている光は,宇宙背景放射である。これは赤方偏移約1089に相当し,約140億年前に出発した光である。ビッグバン後電離水素が再結合する時期の放射で近赤外線にピークをもっていたが,波長が1090倍に伸びたため,おもに電波で届いている。最遠天体については,いくつか候補が挙げられる。分光観測で赤方偏移が精度良く測られた銀河では,すばる望遠鏡で国立天文台の家正則教授らが発見した赤方偏移6.96の銀河が最遠である。赤方偏移が7を越えると地球大気の影響で分光観測はたいへん難しくなるが,多色測光データからある程度推定することができ,銀河については測光赤方偏移10程度まで,10個以上の候補が報告されている。またガンマ線バーストとよばれる爆発現象では分光と測光をあわせて得た赤方偏移8.3が最遠である。

赤方偏移を,天体までの距離とともに測定すると,宇宙膨張の速さが時間の関数として測定できる。宇宙背景放射・銀河・超新星などの観測により,宇宙膨張は現在加速してみえ,加速させるための謎のエネルギー源はダークエネルギーとよばれ,たいへん注目をあびている。

  • 印刷版では、「赤方偏移約1089に相当し」と「波長が1090倍に伸びた」となっていますが、これは編集委員会から印刷会社へ入校した原稿での誤植でした。このページにある通り、「赤方偏移約1089に相当し」および「波長が1090倍に伸びた」が正しい記述です。お詫びして訂正いたします。